日刊ゲンダイDIGITAL

  • facebook  
  • twitter  
  • Facebook Messenger

NHKドラマ「真田丸」が100倍楽しくなる幸村トリビア秘話

 大坂冬の陣に続く夏の陣で、幸村がわずかな手勢を率いて徳川家康の本陣である天王寺茶臼山に攻め込んだ突撃の武勇伝は有名だ。しかし、押し寄せる徳川方15万人に対し、勝ち目がないと判断した豊臣方は、浪人たちが次々と大坂から離れ、多勢に無勢。ところが、幸村の奇襲によって家康は2度も切腹を覚悟したらしい。どんな戦法を使ったのか。

「幸村が単身、家康の面前まで迫り、討ち取る寸前まで追い詰めたことは歴史的事実です。その瞬間、幸村は『馬上宿許筒』というマシンガンのルーツともいえる連発銃を手にしていました」

 こう語るのは、人気テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士で鉄砲研究家の澤田平さん。戦国時代の砲術師範の子孫でもある。

「紀州に残る『南紀徳川史』には馬上宿許筒について“早込めの銃”と記されています。大きさは全長59センチ。普通の火縄銃の半分以下しかないコンパクトな銃です。馬上で扱う仕様でした。驚くのは連射機能です。私は米国に渡った実物の銃を入手して発射実験を行いましたが、8発の弾丸を10秒おきに発射できることが確認できました。これは普通の火縄銃の半分以下の時間しかかかりません。面前に馬上筒を突きつけられた家康が自害を覚悟したのも無理はありません」(澤田氏)

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事