田丸昇
著者のコラム一覧
田丸昇

1950年5月5日、長野県東御市生まれ。元日本将棋連盟理事。中学生で奨励会入りし、佐瀬勇次名誉九段の門下生となる。長髪から「ライオン丸」というニックネームで知られた。16年10月に現役引退。近著に「名棋士の対局に学ぶ 詰め&必死」(創元社)がある。

中原誠八段の先手5七銀は将棋史に残る天来の妙手だった

公開日:  更新日:

 1972(昭和47)年の名人戦で、「棋界の若き太陽」と呼ばれていた挑戦者の中原誠八段(当時24)が大山康晴名人(当時49)を破り、最年少記録の新名人が誕生した。

 名人を通算18期、連続13期も保持してきた大山の牙城がついに陥落。メディアは「巨星墜つ」と表現した。

 中原名人は73年以降の名人戦で連覇していった。

 そして79年の名人戦では、中原名人のライバルだった米長邦雄九段(当時36)が挑戦者になった。

 図は、米長九段が中原名人に2勝1敗と勝ち越していた第4局の終盤の局面。馬を取る先手6七金は後手4八飛成で銀を取られ、先手は適当な合駒がなくて負け筋になる。

 中原は図で先手5七銀とふわりと上げた。取れる馬を取らずにその馬に銀を取らせるという、実戦ではなかなか思いつかない発想である。それが将棋史に残る天来の妙手となった。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    偽装離婚で資産隠し 羽賀研二を“金の亡者”に変えた原点

  2. 2

    劇的試合続くも外国人記者ソッポ…錦織圭はなぜ“不人気”か

  3. 3

    「給料は我慢したのに」と戦力外通告の選手に言われて…

  4. 4

    毎勤不正「組織的関与なし」幕引き図る監察委のデタラメ

  5. 5

    次女コウキのデビュー遠因か…父・木村拓哉が漏らした本音

  6. 6

    日テレ料理番組終了で…速水もこみち“レギュラーゼロ”危機

  7. 7

    憲法改正国民投票CMに待った「通販生活」意見広告の趣旨は

  8. 8

    ハゲタカ勢も虎視眈々 日産vsルノーついに始まる株争奪戦

  9. 9

    「笑点」歴代司会者で一番やりづらかったのは前田武彦さん

  10. 10

    愛娘の元彼・羽賀を“希代のワル”と見抜いた梅宮辰夫の慧眼

もっと見る