浅野史郎さん<5>課長を解かれ49日後に仲間が"追悼文集"を

公開日:

 1987年4月までの2年間、北海道庁で障害者施設の現場を巡り、障害に悩む人やその家族、施設の人から直接話を聞いたことが、その後の人生の財産になる。「今振り返ると、本省に戻るための仕込みの時期だったね」と笑う。

 ところが、その年の5月、霞が関に戻ったときの肩書は政策課企画官だった。現場のトップである課長を待つ「中ぶらりんの状態」だ。北海道で障害者福祉の仕事に巡り合い、それをライフワークと決めてからヤル気は十分だったが、人事が一存で決まらないのは世の常。どっちつかずの状態のまま1カ月、また1カ月と過ぎていった。

「5月に企画官になってから4カ月、9月の終わりごろだったかな、人事課長から連絡がありました。『浅野君、障害福祉課長をやってくれ』と。待ってました、ですよ。そのとき、神様はいる。そう思いました。その日から毎日、全力。普通の人は、日曜日の夜になると『また明日から仕事かぁ』と憂鬱になるでしょ。障害福祉課長時代は日曜日の夜は、『また明日から仕事ができる』とうれしかったんです」

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「興味ない」から余計に怖い…上沼恵美子“女帝”たるゆえん

  2. 2

    お笑い界追放か とろサーモン久保田の“有名だった酒グセ”

  3. 3

    鳥谷は4億で大山は微増の3000万 若虎たちの嘆きを聞け 

  4. 4

    水道民営化のウラに…麻生財務相“身内に利益誘導”の怪情報

  5. 5

    M-1芸人の暴言騒動で存在感 上沼恵美子の“女帝エピソード”

  6. 6

    長澤まさみが表紙V15 「東宝カレンダー」泣き笑いの面々

  7. 7

    日ハムと巨人では“雲泥の差” 注目2球団補強の中身と狙い

  8. 8

    30歳でNHK朝ドラ主演 戸田恵梨香ついに“後輩”に追いついた

  9. 9

    50秒の電話で“暴力集団”押し付けられた千賀ノ浦親方の不運

  10. 10

    広島はマネーゲームせず…丸にも最後は“渋チン”貫いた理由

もっと見る