加来耕三
著者のコラム一覧
加来耕三歴史家・作家

昭和33年、大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科を卒業後、同大学文学部研究員をへて、現在は大学・企業等の講師をつとめながら著作活動を行っている。テレビ・ラジオ等の番組監修・出演などの依頼多数。著書に『加来耕三の戦国武将ここ一番の決断』(滋慶出版/つちや書店)『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』(ポプラ社)ほか多数。

豊臣秀長は補佐役の実力を発揮 兄・秀吉の天下統一支える

公開日: 更新日:

 秀長の立場と役割を如実に示すのが大友宗麟が家臣に送った書簡にある「内々の儀は宗易(千利休)、公儀のことは宰相(秀長)存じ候」の文言です。誕生したばかりの豊臣政権で、秀長が公的立場の秀吉を補佐する重責を担っていたことがうかがえます。秀長の存命中、豊臣政権は微動だにしませんでした。

 ところが天正19年正月22日、秀長は52歳の若さで病死。死の1カ月前、秀長は豊臣家の将来を憂い、秀吉に意見したいが、それができないことを悔やむ発言をしています。彼の死後まもなく、利休は秀吉によって切腹させられました。

 もし秀長が長生きしていれば、利休の切腹だけでなく、豊臣秀次(秀吉の甥で養嗣子となり、関白となった)が文禄4(1595)年に、妻子ともども滅ぼされた悲劇も回避できたでしょう。秀長はやはり「優れた補佐役=非凡な人」であったといえるのです。

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