多くの文豪が魅せられた…伊豆「踊り子歩道」をめぐる
120人の資料が揃う「伊豆近代文学博物館」
伊豆半島の南端に近い東海岸に位置する河津町は桜で有名だ。東京から踊り子号で修善寺駅まで2時間、そこから路線バスに乗り、河津駅を目指した。途中の浄蓮の滝バス停から湯ケ野バス停までの18・5キロは、「踊子歩道」と呼ばれているハイキングコース。川端康成の名作「伊豆の踊子」の舞台となったところだ。映画では踊り子役を吉永小百合や山口百恵が演じている。夢中になったオールドファンも多いだろう。
まずは、修善寺から浄蓮の滝を越えて天城峠に向かう。40分ほどバスに揺られると、急に視界がひらけて、道の駅「天城越え」が見えてくる。バスを降りると周囲は大自然。誰もが深呼吸をせずにはいられないだろう。
敷地内には「昭和の森会館」(℡0558・85・1110)があり、「森の情報館」と「伊豆近代文学博物館」(入館料300円)が併設されている。川端康成の「伊豆の踊子」のように、伊豆は小説の舞台になることが多い。ゆかりのある文学者は、近代に限っても150人を数えるという。
「天平の甍」「おろしや国酔夢譚
」で知られる井上靖もそのひとりで、井上靖旧邸はこの場所に移築されている。そのほか北原白秋や三好達治、横光利一、それに川端康成も含めて120人の資料が展示されていて、文学好きにはたまらない。文豪たちが、なぜ伊豆の地に魅せられたのかを感じ取ることができるかもしれない。
旬を迎えるわさびの丼
同じ敷地内にある食事処「山のレストラン・緑の森」で、窓の外の自然を眺めながら、名物の「わさび丼」(小鉢と味噌汁のセットで930円)を食べた。この辺りは、あちこちにわさび田があり緑が美しい。
「踊子歩道をハイキングしながら、見事なわさび田のそばを歩くこともできます。でも、農家の作業のお邪魔にならないようにお願いします」(河津町観光協会の村串奈緒子さん)
わさびの爽やかな辛さと、かつお節の香ばしさがご飯の甘味に包まれて、つい口いっぱいにほおばってしまう。思わずわさびシューマイ(3個420円)まで注文してしまった。実は、わさびにも旬があるという。ツンと鼻に抜ける辛味がおいしいのは寒い冬。これからの季節が本番だ。
滝を見ながらハイキングも
再びバスに乗って河津七滝へ向かった。文字通り7つの滝がある観光名所だ。バス通りから滝のある川まで歩いて下りると、順番に滝巡りをすることができる。所要時間は1時間ほど。それぞれの滝は趣が全く違う。至近距離からド迫力の水の落下を見ることができる。インスタ映えは間違いないが、水しぶきが飛んでくるので注意が必要。途中で吊り橋を渡ったり、長い階段を上ったりするので、ハイキングコースとしても楽しい。
七滝から河津駅へ下っていく。ゴールは間近だが、その前に峰温泉大噴湯公園(℡0558・34・0311)に向かう。峰温泉の大噴湯を見学するためだ。大正15(1926)年から、ひとときも休まずに、毎分600リットルの温泉(100度)が自噴し続けているという。一気に噴き上がる大噴湯の高さは30メートル。ゴーという音とともに温泉の水しぶきがダイナミックに空高く噴き上がる光景は圧巻だ。
「桜と同じ河津の名物。今は時間になると噴き上がるように管理しています」(峰温泉の管理人・正木孝志さん)
ここは公園になっていて、売店や足湯もある。大噴湯の時間は1時間に1回と決まっているので、事前にチェックが必要だ。
老舗旅館「今井荘」の味わい
せっかく伊豆に来たのなら、海が見える宿でゆっくり過ごしたいもの。河津駅からタクシーで5分、今井浜海岸に面した「伊豆 今井浜温泉 今井荘」(℡0558・34・1155)は、皇族も利用した由緒ある老舗旅館。将棋や囲碁の対局で使われることも多く、羽生善治六冠が谷川浩司王将を下して前人未到の七冠を達成した平成8(1996)年の第45期王将戦の第1局の舞台にもなった。対戦で使われた将棋盤、駒、駒台は今も大切に保管されているという。
館内は落ち着いた雰囲気で、ぜいたくな空間に心身ともに和む。部屋に入ると太平洋が窓一面に広がる。
「天気の良い日は、伊豆大島をはじめ、伊豆七島を奇麗に眺めることができます」(サービス支配人の大川政夫さん)
目の前の今井浜海岸を見下ろす露天風呂でホッと一息。潮風に乗って波音が聞こえる。これぞ日本の古き良き静養地の味わいである。
(取材・文=浦上優)