【鯛のかぶとの骨酒】これが45円かと涙が出て申し訳なく思う
往年のマラソンランナー、宇佐美彰朗さんはかなりの料理人だった。
新潟県立巻高校から日大に一般入学して走り始めた人だが、実家が大きな魚屋で仕出しもしていた。親の仕事を見まねで覚え、その技が走り始めてから役に立った。現役中はマイ包丁で自炊を通したそうだ。日大は強かったから、寮に入れなかったのかも知れない。
NHKの「きょうの料理」に出演したというから大したものである。その品目は「鯛十品」。塩焼き、煮つけ、造りは切り方が何通りかあり、後は忘れたが、ウロコを揚げるビールのツマミが印象的だった。私は恥ずかしながら「鯛の一品」だ。
昔の鯛は大きく、ごちそうだった。いまはスーパーに切り身が並び、驚くほど安い。(天然)とか(養殖)と正直でも定義が分からないから、値段で判断する点はワインを頼む時と同じである。鯛の頭を真っ二つに割ったのが150円、午後6時を過ぎると90円だったりする。これを骨酒にする。
簡単で恐縮だが、ポイントは下処理。顔面周辺のウロコが手ごわい。どうやらウロコと皮の間に臭みが潜んでおり、ウロコ取りで(この野郎)とばかり削って内側の血合いもしっかり除き、塩をまぶす。これを一晩、ネットに入れて干す。
翌日の夕刻。適度に乾いた鯛を焼きながら、2合ほどの酒をチンチンの燗にして用意する。安酒の方が心持ちはいい。器は大事で、大きな片口か頭が入るほどの深皿を準備し、いい色加減に焼けたところに、アチチッとか言いながら酒をジュッとかける。上に白ネギでも細く置くのもいい。
少し待つと、鯛の目の間、歯の隙間から、脂がこぼれ出る。恥じらうように、だし色に染まった酒面にそっと口を近づければ香り立ち、うまい。頭を返して少々の肉をほじり、これが45円かと涙が出て申し訳なく思う。宇佐美彰朗は大迫傑よりヒーローに思えてくる。
(武田薫)
【材料】
・鯛の頭…半分(半分は冷凍に)
・塩…適量
・酒…超熱燗
【作り方】
(1)下処理は、特にエラと口の周りのウロコを取り、内面の血合いはブラシで除く。使用済みの硬めの歯ブラシが役立つ(写真①)。イワナの骨酒の場合も、歯ブラシでしっかりぬめりを落とす。
(2)水で洗いペーパータオルで水けを取り、塩を多めにまぶして、ベランダで一晩干す(写真②)。
(3)焦がさないように注意しながら超熱燗を用意。焼けたところに酒をぶっかけ、一呼吸おいて脂が浮いたところでいただく。