「ママ泣かないで…」 困窮した障害児家庭に対し「どうすることもできません」 と言い放った行政の無慈悲

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 21年のクリスマスイブ。コロナ禍の束の間の収束ムードもあって、東京は久しぶりに華やいだ雰囲気に包まれていた。しかし、そんな中でも苦しみ続けている人たちがいた。約2万4000人いるとされる重度脳性麻痺児の親たちだ。子を生み落としたその日から苦しみ続けている親たちに、この国の行政は寄り添うどころか、無慈悲な言葉を投げかけた。

  ◇  ◇  ◇

「大変お気の毒ではございますが、どうすることもできません」

 21年12月24日、その言葉を放たれた重度脳性麻痺児を抱える母親の大前厚子さん(30代=仮名)は大粒の涙を流しながら、「この子を抱えながら働きに出ることは不可能に近いのです。この子の生活がより楽に過ごせるように装具を買ってやりたいのに、そのお金さえありません。身体が不自由で、苦しい思いをしている我が子を少しでも、楽にさせてやりたいだけなのに……」と、必死に現状を訴えた。

 その横では、車椅子に乗った男の子がつたない言葉で「ママ、泣かないで……」と母親に必死に手を差し伸べ、涙を拭おうとするが、身体が不自由で、母親の顔を触れないでいる。

「お気の毒ですが……」と、その言葉を発したのは、厚生労働省所管の産科医療補償制度を運営する日本医療機能評価機構(機構)の担当者だ。機構は公益財団法人で、広い意味で行政が関わっている組織である。

■重度脳性麻痺児を救う、産科医療補償制度とは

 産科医療補償制度とは、分娩に関連して脳性麻痺となった子どもと家族の経済的負担を補償し、産科医療の質の向上の観点から、脳性麻痺になった原因分析が行われ、未来の児に活かせる制度となっている。

 32週以上、1400グラム以上の出産の場合、重度脳性麻痺であれば、先天性の要因など一部を除いて無条件に補償対象となる。その理由は、32週以上、1400グラム以上であれば、未熟性の影響で脳性麻痺になる可能性は低く、分娩時に、医療機関を含めた何かしらトラブルがあったのではないか、という点が否定できないためだ。

 一方、2009年の制度創設当時は、早産の子どもが発症した脳性麻痺は分娩とは無関係と考えられ、28~32週未満児には個別審査基準が設けられ、出生時に低酸素状態が認められなければ補償が受けられなかった。

 しかし、同じ病態であっても補償対象と対象外の子に分かれ、不公平感が生じていることなどから、研究と調査が進められた結果、低酸素状態の有無に関係なく脳性麻痺は発生することが判明。同機構は個別審査基準に医学的な合理性が認められないと発表し、22年出生児から個別審査の撤廃を決めた。つまり、28週~32週の早産児の出生時に低酸素が認められようが、認められまいが、脳性麻痺児は発生することがわかったのだ。

 さらに、他の母親からも疑問の声が上がっている。同じく、重度脳性麻痺児を抱えた滝川由紀子さん(40代=仮名)だ。

「私の子どもも29週で出生しました。現在、6歳になりますが、1人で座ることも、立つことも歩くこともできません。全介助が必要で、保育園に預かってもらえず、私は働きに出ることができません。審査の規約に、医学的に合理性がなかった。それがわかったのに補償されないのは、私たちからすれば、不当であると言わざるを得ません。障害児家庭に支払われる特別児童扶養手当というのがありますが、障害児を育成するにあたって、その手当では全く足りません。親の介護と違い、子ども介護は、私たちが生きている限り続くのです」

制度の剰余金は約635億円あるが妊婦の“助け合い”は機能せず

 現在、この制度の剰余金は約635億円ある。補償対象外となった子どもは約500人となっており、十分補償することが可能にも関わらず、国は、重度脳性麻痺児の子どもたちを置き去りにしているのだ。そもそも、この剰余金は、妊婦の“助け合い”のもとになりたっており、出産時に支払われる出産育児一時金から掛金が支払われている。それを国の一方的な判断により、本来、脳性麻痺児に支払われるべき補償金が支払われないのは大きな問題だという声もある。

 この制度を運営する日本医療機能評価機構のHPには、「公益財団法人 日本医療機能評価機構は、国民の健康と福祉の向上に寄与することを目的とし、中立的・科学的な第三者機関として医療の質の向上と信頼できる医療の確保に関する事業を行う公益財団法人です」と表記されている。続けて、「私たちは、倫理と自律性を重んじ、中立的・科学的な立場で医療の質・安全の向上と信頼できる医療の確保に関する事業を行い、国民の健康と福祉の向上に寄与します」「患者・家族、医療提供者等すべての関係者と信頼関係を築き、協働すること」とも書かれている。

「日本医療機能評価機構が謳っている理念とは正反対なことがまさに今、起こっています。私たちへの対応は、福祉の向上にも寄与にも反していますし、信頼関係を築き、協同なんて全くしてくれていません。協同してくれているのであれば、補償対象外児になった児に対し、何かしらできないか、ともに考えてくれてもいいのではないでしょうか? 以前、機構が対象児になった親の育児負担のデータを公表し、障害児育児が親に大きく負担になっていることを発表しました。機構が補償対象外児のデータを持っているのだから、補償対象外児についても公表して欲しいとお願いしましたが、『労力がかかるからできない』とそれだけで突き放されました。これで信頼関係を築くと謳っていていいのでしょうか? ともにどうすればいいか考えるのが、機構の務めではないのでしょうか?」(前出・大前さん)

■審査結果はA4の紙切れの半ページで

 さらにHPには「どこにも偏らず公正さを保つこと、透明性を確保し、社会に対し説明責任を果たすこと、医療の質・安全の向上を支援するため、科学的・専門的な見地から総合力を発揮すること、より高い目標に向かって挑戦し続けること」とも明記されている。

「これを見て驚愕しました。私たちの審査はまったくもって不透明です。説明責任も果たしているとはいえません。審査の結果は、A4の紙切れの半ページに、規約に沿いませんでした。だから、対象外ですって書かれているだけで、どういった人物がどういった意見を述べたのか、そういったデータが全く明かされない。それに関して、一度、機構に問い合わせたのですが、『医者の個人情報になるから出せません』と、そもそも私の子供の個人情報ですよね。それにも納得いきませんでした」(滝川さん)

 それだけではない。取材を進めると、さらに驚く事実が明るみになった。中には、散々電話口で話していたにも関わらず、機構に回答を書面でほしい旨を伝えた母親に対しては、「あなたが親である確認が取れないから出せない」と、断られたケースもあった。その母親は、機構から親子関係を確認するために戸籍謄本と印鑑証明の提出を求められたという。それであれば、機構側が親と認識していない人物に対し、電話口で個人情報を共有していたことになるが、それはそれで問題ではないだろうか。

 また、同時に約500人の補償対象外児の原因分析も行われておらず、制度が指針とする産科医療の質の向上の観点からも、機構が謳う“医療の質・安全の向上を支援するため”と表明している点からも、疑問が残る状態となっている。

 さらに、厚労省関係者からはこんな声も聞こえてきた。

■機構の役員報酬は年間6000万円

「日本医療機能評価機構役員及び評議員の報酬等並びに費用に関する規程というのが公表されており、報酬等の支給の箇所で、理事の報酬等の総額は、毎年度税込6000万円の範囲内とし、各理事の報酬等の額は、理事会の決議により別に定める。常勤理事の退職に当たっては、その任期に応じて退職慰労金を支給することができると表記されていました。補償対象外となった重度脳性麻痺児が一銭ももらえていないのに、役員たちが年間6000万円の報酬を貰えているのは、当事者たちから見れば、さらに不信感を抱く事実だと思います」

■改善を求めて発足した「親の会」

 改定後の制度から見れば、09~21年に出生した子どもは不当に補償対象外とされていたことになり、改定後も補償が受けられないままになっている問題を社会に訴え、改善するため、ことし夏に「産科医療補償制度を考える親の会」が発足した。

 「産科医療補償制度を考える親の会」は12月24日、制度を所管する厚労省と制度を運営する日本医療機能評価機構に対し、「補償対象外児の救済」「原因分析を行う」ことを盛り込んだ要望書を提出。その後、記者会見を行った。多くのメディアが注目し、制度の狭間で置き去りにされた脳性麻痺児に対し、世間からは多くの同情の声が寄せられた。

 今後、親の会と、厚労省、機構との間で話し合いがもたれる予定だが、果たして、“信頼関係”を築き、“協同”してくれるのだろうか。来る19日には、産科医療補償制度の運営委員会が開催予定であり、その場で補償対象外児に対する議論も行われる。

 21年の出生数は約80万人と、少子化が加速し、やれ一律給付金やら、こども庁創設やら、世の中は“お子様”状態にも関わらず、障害を抱えた子に対しては、何ら手を差し伸べない。これが日本の行政のリアルな姿である。

(取材協力/中西美穂=ジャーナリスト・産科医療補償制度を考える親の会代表) 

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