「どさん子ラーメン」が町中華に 地元密着でFCは生き残る

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 かつて、日本各地で店舗を見かける巨大ラーメンチェーン店が存在した。初期は北海道の形のロゴマーク、途中からペリカンのマークに変わった、FCで全国展開していた「どさん子ラーメン」である。それまで北海道にしかなかった味噌ラーメンを、全国に広めた店である。筆者者自身も30年ほど前、町なかやロードサイドでこのラーメン店をしょっちゅう見かけ、実際に食べた。味噌ラーメンや塩バターラーメンを初めて食べたのは、「どさん子ラーメン」だった。

■ルーツは北海道ではなく東京の下町

 意外にも「どさん子ラーメン」のルーツは北海道ではなく、墨田区八広である。東京スカイツリーにほど近い東京の下町だ。その地で「餃子飯店 つたや」という店を営んでいた店主・青池保氏が、百貨店の北海道物産展で初めて食べた味噌ラーメンに感銘を受けたことで、味噌ラーメン店の展開を思いついたそうだ。

 1967年(昭和42年)に両国(墨田区)で1号店を開店させたあと、店鋪はあっという間に全国に増えてゆく。

 コンビニエンスストアも、本格的な外食産業もなかった時代、地方の町やロードサイドに店ができれば、物流の運転手や仕事で車を使う人たちにとっては気楽に立ち寄れ、駐車場で休憩も取れるドライブインのような存在としてウケにウケた。

 現在「どさん子」の事業を引き継いだ「株式会社アスラポート」で広報を担当する本部長代理の仲本悠太さんによると、1971年には500店舗、1977年には1000店舗、さらに1979年には1140店舗。

 現在確認出来る限りでは、1157店舗あったという記録が残っているという。凄まじい急拡大といえる。

 その要因について仲本さんは、「当時はラーメンチェーン自体がなかったこと、それまで醤油ラーメンが主流であったところに、札幌の味噌ラーメンを主軸にしたこと。また、フランチャイズシステムを取り入れたことで、出店速度が加速した事が大きいと思います」と語った。

■「どさん娘」に「どさん子大将」も

 しかし、そのあたりがピークだった。まずはその人気にあやかった「ライバル」の出現である。

 1968年創業のサトー商事という会社がFC展開させた、「どさん子」にそっくりの「どさん娘」は一時、全国に800店舗を開店させる。他にも、「どさん子大将」というチェーン店が約700店舗を展開。メニューや店の作りも「どさん子ラーメン」の模倣といっていいほど似ており、私自身もその当時は区別がつかずにそれらの店に入っていた。のちにサトー商事とは裁判沙汰となり、「どさん娘」は敗訴する。

■餃子やラーメンFCとの闘い

 1974年(昭和49年)には「餃子の王将」がFCでチェーン展開を開始。こちらも瞬く間に関西一円に店舗を拡大する。

 また、1980年代になると京都発祥のラーメン店を中心に、関西で新たなラーメンブームが起きる。1971年(昭和46年)に京都で屋台からスタートした「天下一品」、1972年に創業された「ラーメン 横綱」、1947年(昭和22年)創業の初代から代が変わった2代目時代の「第一旭」、1972年創業の「ラーメン 藤」など、いずれもとんこつや鶏ガラをベースにした「こってり」「濃厚」な、これまでになかったスープのラーメンが登場し、次々多店舗展開を始めた。

 これらの店の多くは、同時期に全国に広まったファミレスの影響もあってか店舗は比較的広く、ロードサイドにあり、駐車場も備えていた。車での営業マンや物流従事者、肉体労働者や若い世代などを中心にはやりに流行った。

 80年後半になると東京にも博多系ラーメンが進出。人気ラーメンの味はとんこつベースへと代わり、醤油ラーメンや味噌ラーメンは「瀕死状態」となった。

■現在は114店舗 亀有店は「飲める町中華」へ

 そして、「どさん子ラーメン」の多くも姿を消した。特にロードサイド型店舗はコンビニや外食チェーン店にその役割を取って代わられていった。都市部の店舗も、外食産業の多様化や店主の高齢化もあり、廃業やFCからの離脱も相次いだ。前出の仲本さんによると、現在「どさん子ラーメン」として存在する店舗数は114店とのことだ。

 しかし一方で、都市型店舗を中心に地元に根付き、「町中華化」することで繁盛店として残り続ける店もある。葛飾区亀有駅前で1971年に開業した「亀有南口店」も、そんな店のひとつだ。今では代が変わり二代目の白石悟さん(53)が妻の美和さん、弟の達二さんと3人で営まれている。メニューには中華料理だけではなく酒のつまみもずらりと並び、「飲める町中華」としてご近所さんに愛されている。

「今どきのラーメン」へのこだわり

「今は麺や味噌以外、ほぼ食材は自分たちで調達しています。味噌も本部からの指定のものをアレンジして、お客さんに喜んでもらえるよう工夫しています」

 店主によると、「うちのような古いFC店は、ありがたいことに食材の仕入れは(FC本部からでなく)わりと自由にさせてもらえてます」とのことだ。

 子どもの頃から店を手伝い、父親の働く姿を見て育ってきた。父がそうだったように、料理に対する勉強は日々怠らない。中華に限らず、亀有周辺の様々な飲食店仲間からアイデアをもらい、情報を仕入れて新たな味を工夫している。

 月替わりで提供している「今月のイチ押し麺」もそうだ。若い世代にも新しいと感じてもらえるような、「今どきのラーメン」を心がけ、さらにその工夫をすることが自らのレベルアップにもつながってゆく。

フランチャイズを辞めない想い

 かつて親に連れられて来店していた子どもが成長し、いま自分の子どもたちを連れて食べに来てくれる。二世代にわたり馴染みに思ってくれる客が少なからずいる。だから、「お客さんを『客』と思ってなくて、家族みたいなものだという感覚ですね」。

「ドーベルマン刑事」などで有名な漫画家の平松伸二氏も、ときどき店を訪れる馴染み客のひとりだそうだ。

 多忙なときでもどの客にも気さくに話しかけ、笑顔で世間話をしながら、しかし手を止めない。兄弟、夫婦のあうんの連携で、滞ることなく注文がさばかれてゆく。

「代が変わったときにFCからの離脱などは考えなかったですか?」と問うと、「親父の生きざまを残したいと思ったので。だから、FCから離れるつもりはないですし、かといってFCに甘えるつもりもないです」。

「どさん子ラーメン」の看板を守りつつも、精進していく決意を穏やかに語った。

(取材・文=藤原亮司/ジャーナリスト)

【店舗情報】
どさん子ラーメン亀有南口店
東京都葛飾区亀有3-4-12
12~14時、18~24時
(緊急事態宣言中は20時閉店)
木曜休

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