「奇のくに風土記」木内昇著
「奇のくに風土記」木内昇著
主人公は、紀州藩士の息子・畔田十兵衛。幼い頃から他人はもちろん身内にさえ本音を話せない性分だったが、草花とは自在に語り合えたため、ほとんどの時間をひとり野や川辺を歩いて草木を愛でて過ごしていた。畔田家を継ぐため、草木を学ぶ本草学より国学を学んだ方がいいと言われていたものの、本草学を学びたい十兵衛は紀州の藩医で本草学者の小原桃洞を師と慕っている。
そんなある日、十兵衛は入ってはいけないと母から言いつけられていた岩橋の山に出かけ、思いがけず天狗と遭遇する。そこで天狗から渡された定家葛の蔦を庭に植えて以来、十兵衛の身の回りに不可思議な出来事が起こり始めるのだが……。
本書は、もうひとりの熊楠ともいわれ、のちに本草学者となる実在の人物・畔田翠山をモデルにした時代幻想譚。作中には挿絵として翠山本人が描いた生物や風景画を収録。懐の深い自然の中に分け入り、ひとつひとつの植物と真摯に向き合いながら心から愛でる主人公の繊細な心情を丁寧に追いつつ、恩師の教えを胸に本草学者へと独り立ちしていく日々を幻想的に描いている。
(実業之日本社 2200円)