日本が熱狂 第1回大会出場の藤田宗一氏WBCの舞台裏を語る

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 いまから13年前の平成18(2006)年3月。第1回「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)が開催された。当時、日本はMLBの一方的な開催決定と不公平な利益配分に反発。MLBから「国際的な孤立を招く」と脅しめいた警告を受け、NPB選手会が参加表明へ転じる。

 そんな波乱の末に幕を開けた第1回大会で日本は優勝。野球ファンを熱狂させた。ロッテの絶対的セットアッパーとして日本代表に選出され、初代王者の中継ぎメンバーとして3試合に登板した藤田宗一氏に当時を振り返ってもらった。

■辞退するはずが…

 自分は当時、WBCに乗り気ではありませんでした。04年に62試合登板、05年も45試合とずっとフルで投げていたので、とにかく休みたいという思いが強かった。しかも、第1回でWBCがどんなものかも分からないし、情報もゼロでした。

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