著者のコラム一覧
権藤博野球評論家

1938年12月2日、佐賀県鳥栖市生まれ。鳥栖高からブリヂストンタイヤを経て61年に中日入り。1年目に35勝19敗、防御率1.70という驚異的な成績を挙げ、最多勝や沢村賞などタイトルを総ナメに。連投に連投を重ねる姿に「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語が生まれた。68年に現役引退後は各球団の投手コーチを歴任。横浜で初の監督に就任した98年にはいきなりペナントを制し、38年ぶりの日本一に導いた。

故金田正一さん 400勝支えた負けず嫌いと特製野菜ジュース

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■風呂敷に大量のアンダーシャツ

 ご自宅に招待され食事をごちそうになったことも一度や二度じゃない。リビングに通されると、テーブルにはいつも山盛りの野菜と山盛りの牛肉が準備されており、「さあ、食え。野球選手は体が資本だ」と宴会が始まる。肉をつまんでいると、「これは体にいいぞ」と特製の野菜スープをすすめられ、つがれるままにビールをグビグビやっていると、そのそばから、「これも体にいいぞ。飲め!」と今度は特製の野菜ジュースがジョッキで出てくる。当時の野球選手で、カネさんほど食事にこだわり、体調管理を考えていた人はいなかったのは確かだ。

 球場入りする際には、いつも大きな風呂敷を持っていた。中をのぞかせてもらうと、大量のアンダーシャツと替えのユニホームが入っている。汗をかいた体を冷やさないためで、今では当たり前だが、私はそんなことを考えもしなかった。登板のない試合前の練習を見れば、ノックやトスバッティングで右に左に走り回り、時にはダイビングキャッチまでして球に食らいつく。フラフラになってベンチに戻り、汗でビッショリになったアンダーシャツとユニホームを着替え、今度は外野に行って延々とランニング。同じ投手として言葉が出なかった。

 最後に会ったのは、昨年12月の巨人原辰徳監督の殿堂入りを祝うパーティー。「おい、ゴン! 女房は元気か!」と、いつもと変わらぬ大きな声だった。いまだに、まさか、という思いでいる。

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