ソフトB馬原孝浩 第1回大会緊急招集の一部始終「パスポートがない!」で寮を大捜索

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「なんじゃこりゃ!」

 予備メンバーの段階でWBC球を手にしたことはなかったという。現地でいざキャッチボールをすると、思った以上に表面がツルツルで「なんじゃこりゃ!」と仰天。「滑るなんてもんじゃないし、たったの数日の間で慣れるなんて無理だと諦めました」と言うほどだった。

 結局、ブルペンで準備はしたものの、登板機会は訪れず、日本は世界一。馬原は09年の第2回大会で再びこの「難球」と格闘することになる。

 この時は正式なメンバーとして選出された。自主トレからWBC球を使ってみたものの、どうしても手になじまない。当初、原辰徳監督と山田久志投手コーチに「(藤川)球児か馬原を抑えにするから」と言われていた。大会が始まると、馬原は八回、藤川が九回という役割だった。

「まだ日本の宮崎合宿、東京ドームラウンドの時は湿気があるからマシだった。でも2次ラウンドで米国(ペトコパーク=サンディエゴ・パドレスの本拠地)に渡ったら、空気が乾燥していてボールの抑えが利かなくなった。真っすぐやカットボールが抜けてしまうだけでなく、僕にとって生命線のフォークボールもすっぽ抜けてしまう。救いの手を差し伸べてくれたのは松坂大輔さん(レッドソックス)でした」 (つづく)

▽馬原孝浩(まはら・たかひろ) 1981年12月8日、熊本県熊本市生まれ。熊本市立(現必由館)高から九州共立大を経て、2003年ドラフト自由獲得枠でダイエー(当時)に入団。主にクローザーとして活躍。06、09年WBCに出場。オリックス移籍後も33ホールドを挙げるなど通算182セーブ。15年引退。トレーナーに転身し、20年10月に独立リーグ「火の国サラマンダーズ」のピッチングGM、21年10月に監督に就任。全国でセミナー、講演、ケア・トレーニング(MAHARA式トレーナーメソッド)講習、トレーナー育成などの活動を行う。自身のYouTubeチャンネルでもトレーニング法などを紹介している。 

【連載】元代表とスタッフが明かす「WBCの内幕」

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