デビュー戦から“別格” 豪快なドライバーと天才的な小技にベテランプロも舌を巻いた
ジャンボのプロテスト合格は1969年10月。64年の選抜甲子園で優勝し、鳴り物入りで入団した西鉄ライオンズ(現西武)を退団して約2年後だった。
同年、米ツアーで戦っていた大柄な日本選手が国内ツアーに復帰した。ジャンボの9歳上、身長約180センチ、体重90キロの巨漢。米ツアーで「ビッグスギ」と呼ばれていた杉本英世だ。
静岡・伊東出身の杉本は、高校を卒業すると、中学時代にキャディーのアルバイトをしていた川奈ホテルGCに就職。そこで修業していた台湾プロの陳清波から指導を受け、59年にプロになった。アジアサーキット(現アジアンツアー)や米ツアーにも参戦。ジャンボがプロになった当時は、茨城のアジア下館CCの所属だった。
杉本は、ジャンボが研修生時代から在籍していた習志野CCのメンバーに頼まれ、新人プロのジャンボを下館に呼んで2週間ばかり教えた。このことを知っている者はほとんどいない。当の杉本に聞いても「教えたよ」とは言ったが、詳しくは語ってくれなかった。
ジャンボのプロデビュー戦は70年の関東プロ(南軽井沢GC浅間)。豪快なドライバーショットにギャラリーは度肝を抜かれた。同組で回ったベテランの小針春芳(当時49歳)は時に70ヤード以上も置いていかれ「大人と子供だよ」と呆れ顔だった。当時は小柄なプロが多い中、180センチを超える元プロ野球選手は、550ヤード超のパー5を6番アイアンで軽々2オンさせた。そのスケールの大きなゴルフはファンの心を一気に掴んだ。


















