大リーグ大物オーナーが生んだ珍記録…連敗に激怒、強硬手段で監督就任も“1試合でクビ"
96年のアトランタ五輪のメインスタジアムを野球用に補修してブレーブスの本拠地にし、その名も「ターナーフィールド」。豊かな財力でチームを活性化させ、95年にはワールドシリーズ優勝に導いた。
アイビーリーグの名門ブラウン大学時代からスポーツに力を入れ、セーリングでも名を成した。監督をクビになった77年にヨットのアメリカズカップで優勝している。
買収は野球だけではない。バスケットボールNBAのアトランタ・ホークス、映画のMGM、プロレス団体と片っ端から傘下に置いた。
映画の都ハリウッドでも浮名を流し、アカデミー主演女優賞2度のジェーン・フォンダと3度目の結婚。10年ほどで離婚し、「莫大な慰謝料を支払った」と話題になった。
ターナー自身、2014年にエミー賞の「スポーツ生涯功労賞」に選ばれた。
ケーブルテレビ業界の大物として知られるルパート・マードックともやり合ったと伝えられている。原因は、自分が船長のヨットにマードックがスポンサーのヨットが衝突したから、というものだった。一方で環境問題などのため財団を設立して社会貢献している。24歳のとき、自殺した父親の遺産を元に“文武+実行力”でターナー王国を作り上げた。



















