「俺、二日酔いやからエラーするぞ」 毎晩遊び回りながらも無類の勝負強さを誇った秘訣
前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。(毎週木曜掲載)
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「阪急の人たちの遊びは豪快だったなあ」
こう語るのは松本幸行だ。70年代、星野仙一とともに中日ドラゴンズの投手陣を支えた「左のエース」。1980年に阪急へ移籍した。森本とは、77~79年の3年間、中日でチームメイトだった。
「遠征先で、阪急の選手は全員が外に飲み行って、ホテルには誰も残っていないんだよ」
松本も中日時代、遠征先では毎日のように飲みに行っていたが、さすがにホテルに誰も残っていないことはなかったという。松本の移籍時は梶本隆夫監督だったが、西本幸雄監督時代からの伝統(?)のようなものだったらしい。


















