「考える野球」に混乱と苛立ちが続く中、涙が出そうになった野村監督の声かけ
「最後は『頭』や。年を取れば、体力もパワーも反射神経も全部なくなっていく。最後に使うところは頭しかない」
2006年、野村克也監督に言われ、プロ20年目で初めて「考える野球」に取り組むことになった。
それまで本能で打席に立っていた俺はパニック寸前。1球目はインコース高めの真っすぐ、2球目はアウトコースのスライダー……と振り返りながら、ファーストストライクの取られ方は? 空振りした球種は? 空振りしたときタイミングは合っていたのか? 最後に空振りした球種は? といった情報を、相手投手が投げ終わって次の投球動作に入るまでの数秒間で整理して対策を立てる。始めてからしばらくは混乱と苛立ちが続いた。
どうして対戦する投手のことが分からないのか。それは自分が対戦相手のデータを持っていないから。そこで事前準備の大切さに気付き、相手投手のデータに目を通すようになった。
今ならどの選手も当たり前にやっている最低限のことを、30代後半になってようやく始めたわけだ。苦戦して当然だったかもしれない。
開幕直後の3、4月は3本塁打を打ってまずまずのスタートが切れた(月間打率.281)ものの、1カ月が経った5月から快音がパタリと止まった(本塁打ゼロ、月間打率.150)。早くもデータ野球の壁に直面。スランプ目前だった。
そんなとき、試合前練習で打撃練習をしていると、池山隆寛コーチ(現ヤクルト監督)が「武司、監督が心配していたぞ」と声をかけてくれた。すると、その直後、野村監督がバッティングケージに近づいてきてこう呟いた。
「何を焦っとるんだ。俺から言わせれば、
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