プロ通算1450試合出場も 引退後はタクシー運転手、寮の管理人…バブル崩壊で流転人生が始まった
一時期、タクシー運転手の仕事に就いていた時期があった。
「名古屋のホテルの前から、梶本隆夫さんを乗せたことがあったんだよ。俺も変なプライドがあったのかなあ。話しかけられなくて、車の中でも黙っていた。そのままお別れたしたんだよ」
梶本が中日の二軍コーチだった98~99年あたりのことだったようだ。
「ミヤ(宮本幸信)から聞いただろ? 梶本さんも『森本だとわかったけど、声をかけられなかった』と言っていたってね。俺も後部座席の梶本さんをチラチラ確認しながら運転していたけど、結局何も話せなかった」
岐阜県で寮の管理人の仕事をしていた時期もあった。
「その頃、シニア世代の軟式野球の試合に誘われて参加したことがあった。偶然、近くを通り掛かって試合を見ていた島谷金二と会ったんだ」
トレードで森本の交換相手だった島谷は、引退後は阪急や中日のコーチを経て、当時は中日の球団職員をしていた。
「島谷に『モリさん、元気でやっとるかね』と声をかけられて、『俺は今、この草野球が面白くてかなわんのだわ』なんて話したかな。そんなこともあったよ」


















