先輩のオレを“ただの運転手扱い”も…チームの仲間ですら松井秀喜は「特別な人間」という意識があった
さすがにあのときは、そうつっこんだものの、それでも松井はヘヘヘと笑うだけ。大物でした。
こんなこともありました。シーズン中、試合前に行われていた長嶋茂雄監督による松井へのマンツーマンでの素振り指導。本拠地の東京ドームでは、選手サロンの前にあるミーティングルームが特訓の場に使われていました。コーチからミーティングの招集がかかって部屋に向かうと、鍵がかかっている。そんなときは、試合前の野手全員とコーチが「松井待ち」です。それはいいのですが、ようやくガチャッと鍵が開き、バットを持って汗だくの松井が出てきた部屋を見ると、きれいに並べられているはずの机と椅子が隅っこに寄せられたままです。
まったく、松井はもう……。またかよ。
そう言いながら、ミーティングが始められるように机と椅子を元に戻すのが僕ら先輩。こんなことが許される後輩は松井だけでしょう。
選手の中にも、当時から松井に関しては「特別な人間」という意識がありました。入団が決まったときから巨人の4番、日本の4番になることが義務付けられ、長嶋監督と二人三脚でプロ野球の頂を目指すという過程には、チームの仲間ですら立ち入ることのできない雰囲気が最初からありました。巨人時代、松井はナインと親しく付き合うタイプの人間ではありませんでした。普段は明るいし、社交的でしたが、最後の最後で本音が見えない、見せない感じ。それでもチーム内で浮いた存在にならなかったのは圧倒的な実力と、それを支える人一倍の努力をしていたからです。


















