著者のコラム一覧
佐々涼子ノンフィクションライター

1968年生まれ。早稲田大学法学部卒業。2012年「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」でキノベス1位ほか8冠。

「幽霊現象」で考察する「死」と向き合う被災地の今

公開日: 更新日:

「呼び覚まされる霊性の震災学 東北学院大学 震災の記録プロジェクト」金菱清(ゼミナール)編

 震災から5年が過ぎた。この春、話題になった本書は、金菱清ゼミナールの指導教官とゼミの学生たちが、綿密なフィールドワークによって、どのように被災地が「死」と向き合ったかをまとめたものであり、肉体の「死」とは別の次元の霊性についての考察である。

 1章では石巻、気仙沼のタクシー運転手の遭遇した「幽霊」現象を伝えている。実際に「空車」から「実車」にメーターが回されるなど、亡き人を乗せた記録が残っているものもあるという。

 ある運転手は、6月に真冬のダッフルコートを着ている青年を乗せた。「彼女は元気だろうか?」。そう話しかけられ、振り返ると男性の姿はなく、リボンが付いた小さな箱が置かれていた。

「たとえまた同じことが起きても、途中で降ろしたりなんてことはしないよ」

 乗せるのは比較的若い男女が多いという。若い人のほうが、この世にやり残したことがあるという無念の思いが強い。その思いを伝えるためタクシーに乗ったのではないか。若い著者はそう記す。

 また他の章では、仮埋葬した遺体を改葬するため、掘り起こしに従事した葬儀社社員の話が取り上げられている。笑いによって、感情をコントロールするという話は、過酷な仕事の内容を知るにつけ、共感を持って受け止められるはずだ。

 福島で野生動物を駆除する人々は、放射能で汚染された獲物であるため、食べて供養することができない。メリットがほとんどない中、「楽しみ」と「誇り」、そして浪江町を守るという使命感によって、彼らは活動し続けているのだという。

 聞き取りは難しい作業だっただろう。それでもまっすぐに人々の悲嘆に向き合い、起きてくる現象をありのまま見つめたとき、人々の心の中には癒やしが起きる。亡き人は別の形で生き続け、今も残された者に寄り添っているとわかるからだ。読後に祈りのような、静かな余韻が残る一冊である。(新曜社 2200円+税)


【連載】ドキドキノンフィクション 365日

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    3年連続MVP大谷翔平は来季も打者に軸足…ドジャースが“投手大谷”を制限せざるを得ない複雑事情

  2. 2

    自民党・麻生副総裁が高市経済政策に「異論」で波紋…“財政省の守護神”が政権の時限爆弾になる恐れ

  3. 3

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  4. 4

    最後はホテル勤務…事故死の奥大介さん“辛酸”舐めた引退後

  5. 5

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  1. 6

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  2. 7

    名古屋主婦殺人事件「最大のナゾ」 26年間に5000人も聴取…なぜ愛知県警は容疑者の女を疑わなかったのか

  3. 8

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 9

    高市内閣支持率8割に立憲民主党は打つ手なし…いま解散されたら木っ端みじん

  5. 10

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘