著者のコラム一覧
白石あづさ

日本大学芸術学部卒。地域紙の記者を経て約3年間の世界放浪へと旅立つ。現在はフリーライターとして旅行雑誌などに執筆。著書に「世界のへんな肉」「世界のへんなおじさん」など。

傘貸し業から蝋燭番までユニークな職業が満載

公開日: 更新日:

「十三世紀のハローワーク」グレゴリウス山田著 一迅社 2700円+税

 アマゾン川を小船で下っていたら、2メートルものワニを抱えたおじさんが森の中から突然現れ、「抱っこする?」と聞いてきた。ガイドが「ワニ貸し業だよ。船が通るのを待っているのさ」という。ワニは肥えていたから、意外と儲かっているのかもしれない。 

 世界にはさまざまな仕事があるが、古代から近代まで欧米を中心とした職業をイラストとともに紹介している本書が実に興味深い。

 例えば日焼けを恐れるパリ市民に、遮蔽物のない橋のたもとで日傘を貸す“傘貸し業”や、密輸コーヒーを楽しむドイツ市民を摘発する取締官“コーヒー嗅ぎ”、蝋燭の芯を切って明かりを長く持たせる“蝋燭番”など、教科書には載っていないユニークな職業が満載だ。

 面白いのは、鯨に関する仕事。かつて欧州のバスク人は優秀な銛撃ちとして知られ、当時の人は鯨の油を搾り、肉を食べ、ひげや骨は鯨骨裂き職人によって削られ、貴婦人のバルーンスカートや帽子の形を支えるプラスチックの役割を果たしたという。日本だけではなく、欧州でも鯨を丸ごと利用していたのだ。

 感心すると同時に、当時の職業は社会の暗部も浮き彫りにする。煙突掃除は小さな煙突に入れる貧しい家の子供が雇われたが、病気や事故で死ぬことも多く、戦争に負け奴隷となった人などが従事したガレー船のこぎ手は3年以内に35%が亡くなり、鉱山労働の平均寿命は3カ月というから驚く。

 どんな時代や国、階級に生まれたかによって、職業のラインアップは変わる。今の日本に生まれた私は幸せだが、ひとたび戦争が始まれば一転することも歴史が教えてくれる。オリーブせっけんを作っていたシリアのアレッポの人々は今、どうしているのだろうと心が痛む。ゲームチックなイラストの好き嫌いは分かれるかもしれないが、ただの中世のおもしろ職業紹介に終わらない、深く考えさせられる内容だ。

【連載】白石あづさのへんな世界

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    名球会入り条件「200勝投手」は絶滅危機…巨人・田中将大でもプロ19年で四苦八苦

  2. 2

    永野芽郁に貼られた「悪女」のレッテル…共演者キラー超えて、今後は“共演NG”続出不可避

  3. 3

    落合監督は投手起用に一切ノータッチ。全面的に任せられたオレはやりがいと緊張感があった

  4. 4

    07年日本S、落合監督とオレが完全試合継続中の山井を八回で降板させた本当の理由(上)

  5. 5

    巨人キャベッジが“舐めプ”から一転…阿部監督ブチギレで襟を正した本当の理由

  1. 6

    今思えばあの時から…落合博満さんが“秘密主義”になったワケ

  2. 7

    巨人・田中将大が好投しても勝てないワケ…“天敵”がズバリ指摘「全然悪くない。ただ…」

  3. 8

    高市早苗氏が必死のイメチェン!「裏金議員隠し」と「ほんわかメーク」で打倒進次郎氏にメラメラ

  4. 9

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性

  5. 10

    三角関係報道で蘇った坂口健太郎の"超マメ男"ぶり 永野芽郁を虜…高畑充希の誕生日に手渡した大きな花束