著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「明治ガールズ」藤井清美著

公開日: 更新日:

「富岡製糸場で青春を」と副題のついた長編である。さらに帯には「少女たちの青春お仕事奮闘記」とある。これで、だいたいの内容が推察できるが、その副題と帯コピー通りの小説といっていい。

 そこまでわかっていればもう読む必要はない、と思う方もいるかもしれない。しかし内容がわかっていても面白い小説はある。それは、小説がストーリーではないからだ。小説の本質は文章にあるからだ。その真実を、この小説は教えてくれる。

 たとえば、とーんとーん、ととん、という太鼓と鼓の音が響いてくる。足で拍子を取りながら、踊る人たちが近づいてくるのを待つ。これは豊作を願う松代の踊りだ。笠をかぶって踊る人たちの顔が提灯に照らされて陰影を作っている。生暖かい空気を切り裂いて、太鼓の音が響く。笛の音も聞こえてくる。踊りが終わると秋の空気が地面から立ち上ってくる。祭りは賑やかな夏と、静かな秋の境目だ。

 何でもない場面だが、とてもいい場面だ。こういうシーンを読むのが小説を読む喜びの一つなのである。作者の藤井清美は著名な脚本家で本書は小説デビュー作ということだが、その才能に注目したい。

 究極の初恋小説のように見えるけれど、決してそうではなく、新しい時代に生きるヒロインの決意と夢をみずみずしく描いていることもいい。(KADOKAWA 1400円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  2. 2

    ドジャース「佐々木朗希放出」に現実味…2年連続サイ・ヤング賞左腕スクーバル獲得のトレード要員へ

  3. 3

    ドジャース大谷翔平32歳「今がピーク説」の不穏…来季以降は一気に下降線をたどる可能性も

  4. 4

    ギャラから解析する“TOKIOの絆” 国分太一コンプラ違反疑惑に松岡昌宏も城島茂も「共闘」

  5. 5

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  1. 6

    国分太一問題で日テレの「城島&松岡に謝罪」に関係者が抱いた“違和感”

  2. 7

    今度は横山裕が全治2カ月のケガ…元TOKIO松岡昌宏も指摘「テレビ局こそコンプラ違反の温床」という闇の深度

  3. 8

    国分太一“追放”騒動…日テレが一転して平謝りのウラを読む

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    大谷翔平のWBC二刀流実現は絶望的か…侍J首脳陣が恐れる過保護なドジャースからの「ホットライン」