「落語―哲学」中村昇著

公開日: 更新日:

 落語の「芝浜」はこんな話だ。酒にしくじり失敗続きの魚屋が、あるとき大金の入った財布を拾う。これで遊んで暮らせると喜ぶが、女房はそんな夫をいさめるために、財布を拾ったのは夢だったのだと話し、以後魚屋は真面目に働くようになる――。

 この話はあらゆるものを徹底して疑ったデカルトが、現実世界もまた夢ではないかと疑ったことと通底するのではないか。あるいは、行き倒れの熊五郎の死体を見た八五郎が、これは熊五郎に違いないと長屋から熊五郎を連れてきて本人だと確認させるという「粗忽長屋」は、「私とは何か」という哲学的命題の良きテキストになる。その他、自分の頭の上にできた池の中に、みずから飛び込んで身投げするという、なんともシュールでパラドキシカルな「あたま山」など、落語には、哲学的な命題をはらんだものが多い。

 本書は、哲学者である著者が落語を枕にウィトゲンシュタインから西田幾多郎に至るまで、古今東西の哲学を論じ、落語の奥深さも教えてくれる。

(亜紀書房 1800円+税)

【連載】週末に読みたいこの1冊

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    西武フロントの致命的欠陥…功労者の引き留めベタ、補強すら空振り連発の悲惨

    西武フロントの致命的欠陥…功労者の引き留めベタ、補強すら空振り連発の悲惨

  2. 2
    西武の単独最下位は誰のせい? 若手野手の惨状に「松井監督は二軍で誰を育てた?」の痛烈批判

    西武の単独最下位は誰のせい? 若手野手の惨状に「松井監督は二軍で誰を育てた?」の痛烈批判

  3. 3
    巨人・小林誠司の先制決勝適時打を生んだ「死に物狂い」なLINE自撮り動画

    巨人・小林誠司の先制決勝適時打を生んだ「死に物狂い」なLINE自撮り動画

  4. 4
    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

  5. 5
    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

  1. 6
    日本ハムは過去2年より期待できそう 新外国人レイエスが見せつけた恐るべきパワー

    日本ハムは過去2年より期待できそう 新外国人レイエスが見せつけた恐るべきパワー

  2. 7
    大谷はアスリートだった両親の元、「ずいぶんしっかりした顔つき」で産まれてきた

    大谷はアスリートだった両親の元、「ずいぶんしっかりした顔つき」で産まれてきた

  3. 8
    【中日編】立浪監督が「秘密兵器」に挙げた意外な名前

    【中日編】立浪監督が「秘密兵器」に挙げた意外な名前

  4. 9
    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

  5. 10
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗