「ノーバント宣言反故」の直後に大事件…伊原監督にメンツを潰され、抑えきれない怒りが湧いた
オリックスで2年目のシーズンを迎えた2004年。2年連続最下位のチームを立て直すべく、伊原春樹監督が招聘された。
当時、西武の黄金時代を支えていた伊原さんは機動力野球のイメージが強く、長打を期待されていた俺は「今年で終わりだな」と悟った。
ところが、春季キャンプでは「試合ではバントのサインを出さないから上がっていいぞ」と、バントエンドランの練習を免除。ベテランへの気遣いを感じ、「外から見たイメージとか、周囲から聞いていた評判とは違う人なのかもしれない」と思い始めていた。
だがその矢先、“事件”は起こる。開幕直後の4月、走者一塁の場面でバントのサインが出たのだ。タイムをかけて、三塁ベースコーチをやっていた伊原監督のもとへ行き、「監督、サイン間違えてますよ」と言うと、監督はこう言った。
「いいから。サイン通りにやれ」
キャンプで言われた言葉を信じていた俺は、当然、バント練習をしていない。
「え~、(バントは)ないって言っていたじゃないですか」と返すも、「いいからやれ」の一点張り。「分かりました。やりますけど、失敗しても知りませんよ?」と言って打席に戻った。案の定、失敗して三振。次の打席で代打を送られた。


















