佐川光晴
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佐川光晴

◇さがわ・みつはる 1965年、東京都生まれ。北海道大学法学部卒業。2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。02年「縮んだ愛」で第24回野間文芸新人賞、11年「おれのおばさん」で第26回坪田譲治文学賞受賞。著書に「牛を屠る」「日の出」など多数。「大きくなる日」は近年の中学入試頻出作品として知られる。

第1話 じゃりン子チエは神 <9>

公開日:

おまえ、塚原や監物みたいだな

 三男は10回以上も連続で蹴上がりをした。クラスメイトに求められたからだが、おかげで完全に蹴上がりをマスターした。ふしぎなことに、10回も蹴上がりをしたのに手のひらにマメができていない。手の握りを気にしながら蹴上がりをしてみると、確かにまるで力が入っていない。親指以外の4本の指先を鉄棒に引っ掛けているだけの感じで、それでいて体が面白いように回転する。

「山田、おれにもその技を教えてくれよ」

 メンコでもカラバット野球でもライバルの斎藤君に頼まれて、三男は蹴上がりのコツを伝授した。

「けっこう難しそうだな」

「そんなことないよ。おれだって今日初めてやったんだから」

 本音を言えば、何日かは蹴上がりを自分だけの技にしておきたかった。しかし、せっかく戻ってきた友だちに冷たくはできない。

「よし、見てろよ」

 学年で一番背が高い斎藤君が高鉄棒に飛びついた。体を振ろうとするが、滑らかさがない。心配したとおり、斎藤君は蹴上がりに失敗した。

「山田、もう1回やってみてくれよ」

「いいよ」

 軽くジャンプして両手で鉄棒をつかむと、三男は一度体を振っただけで蹴上がりを決めた。

「おまえ、塚原や監物みたいだな。いつかオリンピックで金メダルを獲れよ」

 斎藤君から褒められて、三男は満足だった。

 やがて日が暮れてきて、みんなと一緒に校門を出た。荻村君はいつの間にかいなくなっていた。 

 布団の中で、三男は一日の出来事を思い返した。自分の技を見られないのは残念だったが、友だちの表情が全てを物語っていた。

「もっと色々な技をやってみたい。大車輪や伸身の宙返り、それに月面宙返りを」

 オリンピックの舞台でウルトラCの技を決める自分の姿を想像しながら、三男は深い眠りに落ちていった。 

 次の日の帰りの会で、三男は橋本先生から教室に残っているように言われた。

 また荻村君が告げ口をしたのかと心配しながら待っていると、橋本先生が笑顔で教室に戻ってきた。先生は、昨日の放課後に三男が蹴上がりをする様子を校舎から見ていたという。いきなり成功したのにも驚いたが、回数を重ねるたびに技の完成度が上がっていくのに感心した。

「ところで、おまえのおとうさんは身長はどのくらいだ? おかあさんは、そんなに大きくなかったよな」

 先生からの意外な質問に、三男は首を傾げた。どうしてそんなことを聞くのか不思議だったが、両親の姿を思い浮かべて、とりあえず答えた。

「正確ではないけど、160センチくらいだと思います。三つ上の兄が、4月の身体測定のあとに、もう5ミリ伸びれば160センチで、父を抜けたのにと残念がっていたので」

 三男が5ヵ月ほど前のことを思い出して言うと、橋本先生はうれしそうにうなずき、さらに聞いてきた。

「おかあさんは、どちらかというと、やせ型だったよな。おとうさんは、どうだ?」

「父も、太ってはいません。うちの家系は代々中肉中背だと笑っていたことがありました」

「山田。先生の知り合いのコーチに、おまえを紹介しようと思うんだ。これを、ご両親に渡してくれ」

 よく分からないまま、三男は封筒を受け取った。

 (つづく)

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