天下人から浄瑠璃作者まで「時代小説」特集

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「とむらい屋颯太」梶よう子著

 生まれおちたその時代が用意した舞台の中で、自らの運命を切り開いてきた人々を描いてきた時代小説。登場人物が体験する悲喜こもごもは、現代に生きる私たちを強く励ましてくれる。今回は、古代史、武士の歴史、天下統一の立役者、浄瑠璃作者、弔いにまつわる人々の物語をテーマにした5冊の時代小説をご紹介!

 江戸で葬儀の段取りを家業とする颯太は、ある時たまたま乗っていた船に水死人がひっかかったところに出くわした。どうやら若い女の死体で、手首に赤茶色のしごきが巻き付いていたことから、誰かと心中したものだと思われた。ところが川をさらっても男の亡きがらは見つからず、そうこうするうち娘の身元が明らかになった。娘はなぜこんな死を迎えなければならなかったのか。颯太は変わり果てたその死体から死の真相に気づく……。

 とむらい屋を営む颯太を中心に、棺桶づくりの職人の勝蔵や、死に化粧を施して死者をあの世へ送るおちえ、渡りの坊主の道俊ら、死と向き合う人々の姿を描いたとむらいの物語。死と真摯に対峙する颯太の語り口は、生と地続きにある死の存在を忘れてしまいがちな今の時代、妙に心に響く。

 (徳間書店 1600円+税)

「織田一の男、丹羽長秀」佐々木功著

 織田家中のなかでも、誰よりも君主に忠義を尽くしたといわれ、決して欠かせない男という意味で「米」にたとえられ、別名「米五郎左」とまで呼ばれた丹羽長秀。戦国武将のなかでは目立たないポジションにありながら、実はのちの徳川による天下統一の陰の立役者になったのではないかとされる、この長秀にスポットライトをあてて戦国時代を描いたのが本書だ。明智による本能寺の変にいかに丹羽が対処したのか、その胸のうちにあった秘策を、信長公記を編纂した右筆・太田牛一の視点から描いていく。

 織田信長亡き後、誰が明智を討つのかと疑心暗鬼に陥り、信長の息子・信孝が暴走するなか、主君への思いを一途に貫き、未来を見据えて冷静沈着に行動する長秀。彼の姿から、知られざる戦国史の一面が見えてくる。

 (光文社 1600円+税)

「もののふの国」天野純希著

 領土を巡って、千年もの間血なまぐさい戦いを繰り広げてきた武士。本書は、日本の歴史上、武士の力が最も時代を大きく動かしていた「源平」「南北朝」「戦国」「幕末維新」の4つの時代の物語を追った壮大な歴史小説だ。

 たとえば「源平の巻」では、貴族が国を支配していた時代から、武士による統治へと急激に移行していく時代が描かれる。海の交易で勢力を蓄えてきた海族ともいえる平家に、坂東の荒野や野山を馬で駆け回ってきた山族の源氏がどう対峙していくのか、さらに戦うことがすべてだった武士たちが後世に残したものとは何かなど、多角的な視点から戦いに命を懸ける武士という存在を俯瞰できる。

 8組9人の作家が、海族と山族の対立軸という共通ルールで歴史を描く「螺旋プロジェクト」の参加作品のひとつ。

 (中央公論新社 1800円+税)

「渦」大島真寿美著

 儒学者・穂積以貫の次男として生まれ、芝居小屋が立ち並ぶ道頓堀で育った成章は、幼いころこそ読み書きに優れ、賢い子だといわれていたものの、父が好きな浄瑠璃の芝居に一緒に通ううち、浄瑠璃に魅入られ、すっかり腑抜けになっていた。母親はなんとか学問の道に戻らせようとしていたものの、息子の気持ちを見抜いた以貫は、近松門左衛門のすずりを成章に手渡し、京都に行って浄瑠璃を書くことを学ぶようにと諭した。

 父の言動をいぶかしく思いつつも、次第にその気になっていく成章。果たして、彼は父から譲り受けたすずりから名作を生み出すことはできるのか……。

「妹背山婦女庭訓」などの名作を生んだ江戸の浄瑠璃作家・近松半二の生涯を描いた長編小説。物語を創作することの葛藤や喜びが伝わってくる。

 (文藝春秋 1850円+税)

「火神子」森山光太郎著

 登美毘古が大王に即位して20年目のある日、北の邑が滅びたという知らせと共に、太平の世が突如終わりを告げた。北へ向かった登美毘古の弟・安日彦は1カ月後、変わり果てた姿で戻ってきたものの、その晩、雨のような矢が長髄の邑を襲う。敵は、「天孫」を自称する御真木。新しい国をつくるために民を皆殺しにするというのだ。戦いの中、登美毘古は没してしまい、御真木はさらに殺戮をエスカレートさせていく。

 しかし、そんな御真木に抗おうとした、登美毘古の娘・翡翠命がいた。薬師と共に山奥で暮らしていた翡翠命は、弱き者を救うために立ち上がるのだが……。

 弥生時代を舞台に、国の統治者の在り方を問う古代史小説。著者は、本作で第10回朝日時代小説大賞を受賞してデビューした期待の新人。壮大なスケールで国づくりの原点を問う話題作だ。

 (朝日新聞出版 1400円+税)

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