具志堅用高さん(2)我慢を覚えた石垣島での野性的生活
具志堅用高さん(元プロボクシング世界王者/70歳)
伝説のアスリートに筋肉と健康管理について聞くシリーズ。具志堅用高さんには小さい頃の思い出も聞いてみました。
──具志堅さんは高校に入ってからボクシングを始めたと聞きました。子供の頃はボクシングとは関係のない生活をされてたんですか?
沖縄返還前の石垣島ですから、アメリカでした。野性的な生活ですよ。お金もない、自販機もない。喉が渇けば川の水を飲んだし、お腹がすけば、サトウキビをかじったり。遊びに行くにしても、何も持って行かないんです。釣りして、そのまま魚をさばいて食べていました。家はかやぶき屋根で風呂もシャワーもなく、水を浴びるだけ。銭湯に行くのは正月前の年に1回でしたね。ただ、こうした遊びの中で体の全部を使うことは覚えました。足腰のバネ、俊敏な動き、はだしか草履だったから、足の親指も鍛えられました。ボクシングはつま先で立つので、この経験が役立ちました。
──運動は得意だったんですか?
スポーツは大好きで野球、陸上、卓球、バスケットボール、バレーボールと何でもやりましたが、背が小さかったので、限界がありました。沖縄本島の興南高校に入り、ボクシング部をちょっと見学に行こうと誘われて。1年生の9月です。もちろん、それまでボクシングなんか見たことないわけです。石垣島はNHKしか映りませんから。でも、みんなが体も手も一生懸命動かしている。体重制もあるし、これなら体が小さくてもいけるかなと思って入ったら、つらくてきつくて。殴り合いですからね。でも、忍耐力には自信があった。子供の頃から鍛えられてきましたから。入部3カ月後に1、2年生が出る県大会にいきなり出させられたんです。勝ち上がって決勝まで行って負けましたが、これで楽しくなって、もう少し続けようかなと思いました。3年生の時にはインターハイで優勝して、オリンピックの夢が出てきました。


















