“敵”を知ることが最強の防御法! 最新医療本

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「感染爆発にそなえる」岡田晴恵、田代眞人著

 世界をパニックに陥らせた新型コロナウイルスに限らず、いまどきの病気は「天災」と違って忘れぬうちにやってくる。この危機を乗り越えるエネルギーと知識を補充するために、この5冊を読んでおこう。

 コロナウイルスによる感染症は2003年のSARS、2013年のMERSがあり、SARSの致死率は約10%だった。2013年にWHOのマーガレット・チャン事務局長は「1つの国だけで対処できるものではなく、全世界への脅威のひとつである」とスピーチしたが、このスピーチは日本ではほとんど取り上げられなかった。

 パンデミックを防止するにはワクチン製剤の開発が必要だが、それには事前接種による安全性の確認作業が不可欠である。2013年に施行された新型インフルエンザ等対策特別措置法には、事前接種や事前対応はほとんど盛り込まれておらず、医療従事者や社会事業維持に関わる職種の人たちの感染防御やワクチン接種などの対策が欠落している。感染症の専門家が、パンデミックへの対応政策に対して警鐘を鳴らす。 (岩波書店 1600円+税)

「急に具合が悪くなる」宮野真生子、磯野真穂著

 哲学者の宮野は乳がんと発作性心房細動という疾患をもっている。2018年、医者から「急に具合が悪くなるかもしれない」と言われたと、人類学者の磯野への手紙に書いた。哲学者ハイデッガーは「死はたしかにやってくる。しかし今ではないのだ」というが、主治医にホスピスを探しておくように言われた宮野は、逃げ切れないところまで来たと思った。「死は来る」と。

 すると、磯野から、自分も病気の診断を受けていないだけで、突然何かが起きて何もできなくなる確率が宮野より高いかもしれない、と書いたメールが来た。宮野は、みんな等しく「急に具合が悪くなる」かもしれない、でも、目の前のことを生きていると、目からうろこが落ちた思いがした。そして、怯えることなく仕事ができるようになる。

 (晶文社 1600円+税)

「歴史を変えた10の薬」トーマス・ヘイガー著、久保美代子訳

 19世紀の化学者リービッヒ(写真)は抱水クロラールを作り、それをクロロホルムという液体に変えた。天然由来のアヘンなどは、催眠効果はあるが別の作用もある。抱水クロラールは最初の「催眠剤」だった。

 だが、利用が広がるにつれて、過剰摂取の事故を起こしたり、自殺や犯罪に用いられるようになる。マリリン・モンローの死にもクロラールは関わっているし、抱水クロラールを混ぜたものを飲ませ、意識を失わせて金を奪う犯罪も現れた。

 世界有数の製薬会社ファイザーが開発していたのが狭心症の治療薬。1988年、有望そうな化合物、UK―94280を見つけた。副作用が多く期待外れだったが、勃起を引き起こすという報告があった。その試験薬は「バイアグラ」と命名された。

 ほかに、免疫系に作用するモノクローナル抗体など、医療上のトピックとなった薬を紹介。

 (すばる舎リンケージ 2200+税)

「がん免疫療法のブレイクスルー突破口」チャールズ・グレーバー著、河本宏監修、中里京子訳

 1890年、ニューヨーク病院の外科医、コーリーは、腫瘍ができた患者が、手術がうまくいかず感染症にもかかったのに生き延びたことに注目し、感染したから生き延びられたのではないかと考えた。彼はがんが再発した患者ゾラにバクテリア混合物を注射した。腫瘍が小さくなったように見えたので、さらにドイツ産のバクテリア毒素を注射すると腫瘍は退縮した。この「コーリーの毒」は、意図的に免疫作用を引き起こすことで、ときおり効果を発揮する治療法だった。

 この研究を続ければがん治療の突破口になったのに、当時はそのメカニズムが説明できず、エセ治療とみられてしまったのだ。「がん免疫療法」を否定する学界の常識を打ち破ったのが、2018年、ノーベル医学・生理学賞を受賞したジム・アリソンと本庶佑だった。免疫系ががんを攻撃しない謎を解明する。

 (早川書房 3000円+税)

「誤作動する脳」樋口直美著

 レビー小体型認知症と診断された著者は、夫が「わぁ~、たまらない匂いだなぁ!」と言うのを聞いて意味がわからなかった。だが、うなぎ屋の店先でかば焼きを焼いているのを見て、自分の嗅覚が完全に失われているのに気づいた。それ以前に聴覚の異変も感じていた。

 父と話していたとき、音楽を流しながら廃品回収車が通った。うるさいと思った瞬間、脳がその音楽に乗っ取られ、思考がシャットダウンされて父と会話ができなくなったのだ。レビー小体型認知症には情報の選択に失敗する「注意障害」がある。

 著者はのちに、自分が多くの音の中から必要な音を正しく拾うという作業に脳が失敗していたことを知った。

 レビー小体型認知症が引き起こす幻聴、幻視、幻臭という五感の変調に怯えながら、冷静に観察した患者のドキュメント。

 (医学書院 2000円+税)

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