「ガリヴァー旅行記」ジョナサン・スウィフト著 高山宏訳

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「ガリヴァー旅行記」との最初の出合いは、多くの人と同じように、海岸に全身を綱で固定されたガリヴァーが描かれた絵本だった。長じて、沼正三の希代のマゾヒズム小説「家畜人ヤプー」が「ガリヴァー旅行記」の第4部に出てくる「ヤフー」から取られていることを知り、絵本では割愛されていた3部、4部を含めて全編読み通して、その痛烈な風刺の毒を堪能した。

 当時読んだのは新潮文庫の中野好夫訳だったと思うが、今世紀に入って、冨山太佳夫をはじめ新訳が続々と登場。そこへ加うるに、「学魔」と称される博覧強記の高山宏が「ガリヴァー」に挑んだと聞けば、興味を引かれざるを得ない。

 文体は「かるがゆえに、皇帝陛下は大兄の勇猛と力を頼ること頗(すこぶ)る大にして」といった文語脈と口語脈が自由に交錯する交雑文体を採用。加えて、「いくたび行く旅」「島居はしまい」「わたしの裡(なか)に馬れたのは馬を敬う文字通り『驚』の一念のみ!」といった、やはり「ガリヴァー」に取りかかりながら急逝してしまった柳瀬尚紀ばりの言語遊戯をそこここに組み込みながら、歯切れ良く格調高い日本語が駆使されている。

 先の冨山太佳夫は綿密な注を施した「ガリヴァー旅行記徹底注釈 本文篇」も上梓しているが、本書には1カ所を除き注はない。そこには、この訳は、注なんぞなくても十二分に読めるように練りに練ったものですよ、という訳者の矜恃が読み取れる。

 スウィフトが生きたのは名誉革命に始まる英国の政治的混迷の時期で、スウィフト自身もアイルランド愛国の烈士としてさまざまな政治論争を引き起こしている。中でも有名なのは、アイルランドの貧困による窮状を救うためには、子供を食肉として金持ちに売ればいいのではないかと痛烈に皮肉った文章だ。事実、本旅行記にもさまざまな形で政治談議が展開されており、この物語の時代背景がうかがわれる。現在、柴田元幸訳が新聞連載中だ。この時ならぬガリヴァー熱、いったい、どういう時代相を照らし出しているのだろうか。 <狸>

(研究社 3300円)

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