「ヒロシマ・ノート」大江健三郎著/岩波新書

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「ヒロシマ・ノート」大江健三郎著

 広島を選挙区とする岸田文雄はこの本を読んだことがあるのだろうか。あるいは、読んでも理解することができたのか。

 1945年8月6日のアメリカの広島への原爆投下は明らかに国際法違反のジェノサイドであり、そのアメリカに抗議もせず、謝罪も求めずして核兵器使用の禁止を訴えることはできない。

 ところが岸田の地元の広島市の教育委員会は今年になって突然、原爆の悲惨を伝える「はだしのゲン」を平和教育プログラムの教材から削除することを決めた。奇跡的に助かったゲンの作者の中沢啓治は、被爆者の母親が亡くなった時、原爆傷害調査委員会(ABCC)が「内臓をくれ」と言ってきたと怒っている。アメリカにとっては研究材料なのである。

 この本で大江は「人間の威厳について」書く。たとえば、被爆者で奇形児を生んだ若い母親は、自分の生んだ赤ん坊をひと目なりと見たいと望んだが、その願いはかなえられなかった。そのとき彼女は、赤ん坊を見れば、勇気が湧いたのに! と嘆いたという。

「死産した奇型児を母親に見せまいとした病院の処置は、たしかにヒューマニスティックであろう。人間がヒューマニスティックであり続けるためには、自分の人間らしい眼が見てはならぬものの限界を守る自制心が必要だ。しかし人間が人間でありうる極限状況を生き抜こうとしている若い母親が、独自の勇気をかちとるために、死んだ奇型の子供を見たいと希望するとしたら、それは通俗ヒューマニズムを超えた、新しいヒューマニズム、いわば広島の悲惨のうちに芽生えた、強靱なヒューマニズムの言葉としてとらえられねばならない。誰が胸をしめつけられないだろう? この若い母親にとっては、死んだ奇型児すら、それにすがりついて勇気を恢復すべき手がかりだったのだ……」

 大江はこう説き、1965年の時点ですでに「地球上の人類のみな誰もかれもが、広島と、そこでおこなわれた人間の最悪の悲惨を、すっかり忘れてしまおうとしている」と指摘している。

 それからまた半世紀以上経って、大江の言う「通俗ヒューマニズム」さえ持たない日本の首相が広島でサミットという茶番をやろうとしている。亡くなった者を含む被爆者にとっては侮辱でしかない形でである。アメリカに謝罪さえ求めないそれを、なぜ、よりによって広島でやるのか。 ★★★(選者・佐高信)

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