「不機嫌な英語たち」吉原真里著

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「不機嫌な英語たち」吉原真里著

 英語がほぼ国際語となっている現在、英語と日本語を同じように自由に駆使することができたらなんと便利かと思えるだろう。

 しかし、2つの言語いずれも母語のように扱うのはそう簡単なことではない。それぞれの言語にはその言語が成り立つ文化的背景・環境があり、異なる言葉を話すということは異なる文化をも自らの内に取り込むことだからだ。

 著者は、小学校5年生のときに父親の仕事の関係でカリフォルニアに移住、それまで全く知らなかった英語の世界に突然放り込まれる。2年半のアメリカ生活の後、日本へ帰国。東大を卒業後、再び渡米、ブラウン大学で博士号を取得。その後ハワイ大学に職を得、現在同大教授。専門はアメリカ文化史、アメリカ・アジア関係史、ジェンダー研究など。アメリカ暮らしは通算34年間、これまでの人生の多くを「日本(語)の自分」と「アメリカ(英語)の自分」を同時に生きてきたことになる。本書は、日本語と英語という2つの言語が交錯し、時に引き裂かれてきた自らの人生を描いた半自叙伝的私小説だ。

 いきなりアメリカの学校に入れられ、授業の内容も周囲の子どもたちが何を言っているのかもわからず呆然としていたが、ある日「英語のできない自分」から「英語のできる自分」への境界線を越えていた。そうすると、それまで感心していたはずの両親の英語をばかにしたり、自分と同じようにアメリカに来たばかりで英語のできない日本人の女の子を仲間はずれにしてしまう。気づいたら、自分は「こちら側」の人間になっていたのだ。

「こちら」と「あちら」は常に伏在している。例えば、著者に好意を寄せるエルサルバドル移民の用務員と日本人の女性の学者である著者との間には確実に距離がある。

 そうしたこちらとあちらを隔てるのも結びつけるのも言葉であり、そのはざまで生きてきた著者の軌跡が見事に描かれている。<狸>

(晶文社 1980円)

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