三谷幸喜脚本「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」が目指しているのは、まさにシェークスピア劇だ
今期ドラマの目玉ともいえる一本だ。三谷幸喜脚本「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」(フジテレビ系)である。
時代背景は昭和59年、架空の「渋谷八分坂」が舞台だ。劇団を追われた演出家・久部(菅田将暉)が、風営法改正で崖っぷちのストリップ劇場でシェークスピアを上演しようとする話だ。
最大の特色は登場人物が多いこと。ダンサーに二階堂ふみ、秋元才加ら。劇場の客引きは井上順、舞台監督兼雑用係が野間口徹。新米の放送作家は神木隆之介で、神社の巫女に浜辺美波。案内所にいる元ダンサーの「おばば」は菊地凛子だ。
主人公は久部だが、全体構造は「群像劇」。しかも八分坂という限られたエリアで展開する、一種の「密室劇」でもある。
「12人の優しい日本人」は陪審員たちがカンヅメとなった会議室。「ラヂオの時間」ではドラマを生放送中のスタジオ。ある閉じられた空間に集まった登場人物たちの人間模様を同時進行的に見せていく「グランド・ホテル形式」は、三谷が得意とする手法の一つだ。
年齢も立場も事情も異なる人々が同じ「鍋」の中で沸騰する。このドラマが目指しているのは、まさにシェークスピア劇なのだ。久部が挑むのもシェークスピアの群像劇「夏の夜の夢」。物語に混乱と笑いを招く、いたずら好きな妖精パックは三谷自身かもしれない。