著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「母、アンナ」ヴェーラ・ポリトコフスカヤ、サーラ・ジュディチェ著、関口英子、森敦子訳

公開日: 更新日:

「母、アンナ」ヴェーラ・ポリトコフスカヤ、サーラ・ジュディチェ著、関口英子、森敦子訳

 モスクワの街頭で、エルサレムの街頭で、反戦の声をあげる人がいる。その動画を見るたびにわたしは震え上がる。警官が容赦なく襲いかかり、根こそぎ連行していく。日本もかつて戦争加害国だった。もし自分だったら反戦の声をあげ続けることができるだろうか。がんばりたい。でも……たぶん無理……。

 本書の主人公は、チェチェン紛争を徹底的に取材しプーチンの不正を暴いたアンナ・ポリトコフスカヤ。2006年10月7日、自宅アパートのエレベーター内で銃殺された。スーパーで食材を買い込んで帰宅したところだった。現場にはパックに入った鶏むね肉が落ちていた。この本を書いたのは、その鶏肉を一緒に食べるはずだった娘のヴェーラだ。

 闘うジャーナリストだった母親の素顔が娘の視点で描かれる。家族のためにジャムやボルシチを作りながら、独裁政権の批判記事を書き続けたアンナ。それが命の危険と直結することを承知していた。見守るしかなかった家族もつらい。

 そしてこれはアンナの死から16年後、ロシアのウクライナ侵攻に遭遇したヴェーラ自身の物語でもある。中でも反戦の声をあげる市民たちのエピソードが興味深かった。ロシアでは街頭で「戦争反対」のプラカードを出すだけで逮捕される。8つの「*」を書いたカードを持った人も(ロシア語で「戦争反対」をつづると8文字になる)、白紙を掲げた人も、ついにはプラカードを持つ身ぶりをしただけの人まで逮捕されるのだ。

 わたしはビビりながら思う。せめて勇敢な人がいた/いることを忘れずにいたい。 (NHK出版 2090円)

【連載】金井真紀の本でフムフム…世界旅

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 4

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑

  3. 8

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  4. 9

    米国が「サナエノミクス」にNO! 日銀に「利上げするな」と圧力かける高市政権に強力牽制

  5. 10

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性