「石黒賢一郎作品集 Injection Devices」石黒賢一郎著

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「石黒賢一郎作品集 Injection Devices」石黒賢一郎著

 世界屈指の驚異的な描写力で、写実絵画シーンを牽引する著者の初作品集。

 デジタル写真と見間違うようなスーパーリアリズムの写実性はもちろん、氏の作品はテーマ性と時代性を備え、絵画という領域を軽々と飛び越え、新たなジャンルを生み出しつつある。

 そのひとつが自ら作り出したSF世界をモチーフに描いた連作だ。

 AI技術が人間の意識を再現できるようになった2047年、人間の意思をコントロールするウイルス兵器によるテロが頻発。世界中がパニックに陥る中、研究所所長の黒木とその娘ユウキもウイルスに感染。ユウキは父の黒木が開発したワクチンでハッキングと怪物化を免れるが、ワクチンの効果を得られなかった黒木は、自身の意識をAIに移植し、自分のコピーであるアンドロイド「グルア」を生み出す。

 そんなストーリーを視覚化。さらに、ワクチンを定期的に注入するための「インジェクションデバイス」を手にしたり、装着したユウキの肖像画をはじめ、ウイルス感染による細胞融合の増殖を抑えるための「装置」である立体作品「細胞融合増殖抑制装置」と、その装置内に入る感染者を描いた絵画作品をコラボレーション連作で活写。「グルア」や、インジェクションデバイスによってパワードスーツを装着したユウキの立体像、さらにはインジェクションデバイスをホログラフィーによって表現した作品まである。

 呼吸音や体温まで感じられそうな2次元のユウキが立体と融合することで読者の脳内を刺激し、独自の作品世界が展開される。

 写実絵画と対極にあるアニメやマンガなどのサブカルチャーと融合した作品もある。

 永井豪の「キューティーハニー」の主人公の少女型アンドロイドが変身するシーンを、絵画にプロジェクションマッピングを投影することで表現した作品や、同じく永井豪作品に登場する顔を覆うマスクとマフラー、グローブ、ブーツだけを身に着けあとは全裸という謎の怪人少女「けっこう仮面」を描いた作品。

 さらに、「マジンガーZ」の主役ロボが繰り出す必殺技の「ロケットパンチ」や操縦ユニット「ジェットパイルダー」を実物大のスケールで制作し、写実絵画同様の手法でエイジング(使用や経年などによる質感変化)を施した作品など、ここでもジャンルを超えた多彩な作品群が並ぶ。

 2001年のタリバンによるバーミヤン遺跡破壊に衝撃を受け描き始め、福島第1原発事故などを経て描き続けるガスマスクをつけたさまざまな人の肖像シリーズや、廃虚、ガイガーカウンターをモチーフにした静物画など、世界情勢と向き合った作品も多数。

 ほかにも、美大の大学生時代に描いた公園の片隅で酒盛りをしたり、公園のベンチで眠っているホームレスなどを描いた作品や、高校教員だった父親を描いた初期作品群まで網羅し、その30年に及ぶ創作の軌跡を一望する。

(芸術新聞社 3630円)

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