「我、演ず」赤神諒氏

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「我、演ず」赤神諒氏

 栃木県の佐野というと、まず厄よけ大師や佐野ラーメンが思い浮かぶかもしれない。時を戦国時代まで巻き戻すと、そこは長きにわたる戦のただ中にあった。佐野の唐沢山城は北関東の要衝で北からは越後の竜・上杉輝虎(謙信)、南からは相模の獅子・北条氏康の大軍が覇を競って繰り返し攻め寄せた。両雄に挟まれた絶体絶命の状況から家臣領民を守り抜いた武将がいる。佐野家第15代当主、佐野昌綱という。

「別の小説を書くために上杉と北条の争いについて勉強しているうちに出てきた人物なんです。当主となって十数年の間に10回以上も攻められて、降伏と離反を繰り返しています。尋常ではない経歴ですよね。彼はなぜ度重なる裏切りを赦され、生き延びることができたのか。歴史ミステリーでもあって、いつか書きたいと思っていたんです」

 ところが、いざ書く段になると資料が少ない。昌綱の稀有な経歴と矛盾なく物語を展開するために、主人公を「演じる武将」に仕立てた。本物の昌綱が芸事を嗜んだという記録はないが、本作では役者上がりの武将という設定にしてある。若いころ、鬼のように怖い祖父、泰綱の逆鱗に触れ、佐野を追われた昌綱は、京の都で芝居の一座に加わり、看板役者として喝采を浴びた。

 12年後、佐野家に呼び戻されたとき、昌綱は城を舞台に名君を演じようと決意する。

「はじめのうちは佐野だけでも何とか守ろうとして演じますが、次第に関東の平和まで考えるようになっていきます。演じていたつもりが、本物の名君になっていくんです。人生は劇場といいますが、演じているうちに人間がつくられることって、あると思うんですよ」

 昌綱は生き延びる戦略として「降伏」を繰り返す。上杉輝虎、北条氏康という大物の前で、手を替え品を替え、したたかな演技を見せる。ぶざまを演じて笑わせたり、わざとタメ口で正論を吐いたり、死に装束で登場したり。その場で首をはねられかねない緊迫の場面を、演技力で乗り切る。面白いやつ、殺すには惜しい男、と名将に思わせても不思議はない名優ぶり。

「上杉も北条も、戦って勝てる相手ではありません。昌綱は最初から負け組です。でも、できることはある。敗北の状況に置かれた中で、最もましな降伏条件を引き出していきます。決して負け犬ではない。むしろ両雄を手玉にとって、同盟まで結ばせてしまいます」

 本作では、史実にある越相同盟を、昌綱が仕組んだことになっている。昌綱は上杉と北条に大切な人を何人も殺された。敵を憎み、恨んだ。しかし、降伏を演じるうちに昌綱は〈敵は戦という化け物なのだ〉と思うに至る。

「戦乱の世にあって平和を希求する。あり得ないことではないと思います。昌綱の居城だった唐沢山城跡からは、関東平野を一望できます。この地から大きな視野で関東を眺める人物が現れてもおかしくないですよね」

 昌綱は陽気で、心優しく、肝が据わっている。戦乱の世の物語なのに、昌綱の生き方は爽快で、良質のコーヒーのように後味がいい。

(朝日新聞出版 2530円)

▽赤神諒(あかがみ・りょう)1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業後、東京大学大学院などで法学を学ぶ。弁護士、上智大学教授。2017年「大友二階崩れ」(「義と愛と」改題)で日経小説大賞を受賞し、作家デビュー。23年「はぐれ鴉」で大藪春彦賞、24年「佐渡絢爛」で日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。ほかに「友よ」「」「火山に馳す 浅間大変秘抄」「碧血の碑」など多数。


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