「断捨離血風録」日下三蔵氏
「断捨離血風録」日下三蔵氏
「家に本が増えたのは、中学生のときに“安い娯楽”の感覚で文庫本を毎日買ったのが始まりです。社会人になってからは収入のほとんどを本につぎ込み、40年間まったく処分してこなかった。だから、両親と住む家の中がすごかったんです。玄関を入るや、背丈より高く本が積み上がっていて、体を横向きにしないと進めない。2階に居間や両親の寝室などがありますが、私が使う1階の和室、納戸、書庫と仕事部屋が本、本、本……。さらに家と別に書庫にしている3LDKのマンションも本の山が林立でした」
蔵書はなんと13万冊。本の山の谷間に布団を敷いて寝ていたという著者が断捨離を決意した。姪が泊まりに来るときのために、両親から和室を空けてくれと頼まれたからである。
片付けは、2021年8月に開始。旧知の古書店主・小野純一さんと、古書仲間・小山力也さんが月2回ペースで来宅し、手伝ってくれる。当初は「トイレのドアが、本のせいで閉まらないので、コンビニへトイレを借りに行く」ほどだったが、3年後の24年9月には、実に2万5000冊を減量。その間の笑いと涙の一部始終をつづったのが本書だ。
「小野さんが、『まず床に落ちている本をすべて拾おう』『マンガと小説に大別し、それぞれを大きさごとに仕分けよう』と方針を決めてくれ、なるほどと。そして、今後も買えるだろう本、図書館にある本、他の人も持っているだろう本を断腸の思いで放出……。本書のタイトルにある『血風』は、古本業界で『掘り出し物』のことですが、下駄箱の前の紙袋の中から、永瀬三吾の少年小説『拳銃の街』が出てきたときはびっくりしたなー。徐々に床が見えてきて、家としての機能を取り戻していく感じでしたね」
捨てる・捨てないの迷いもつづる一方で、和室が片付くと、「人間、やればできる」と自分を褒める言葉が出てきて、クスッと笑わされる。とはいえ、すべてが順調に進んだわけではない。マンションの風呂場の浴槽の上にすのこを置いてカラーボックスを載せたところ、漫画本が重すぎてすのこがたわんだなど小さな失敗もあった。それどころか、23年の夏に著者は脳梗塞を発症した。入院中も、いわく「指先と頭のリハビリを兼ねて」執筆した様子も興味深い。本書には、そんな「日下三蔵らしさ」が詰まっている。
「2万5000冊の買い取り価格は200万円ほど。買ったときの価格合計の数%になったに過ぎませんでした。でも、想定内です。断捨離中に改めて思ったのは、本の一番の価値は『読んで楽しかった、面白かった』ということで、価格では測れないこと。そう考えた上で、意外と高く売れたら儲けもの──くらいに思ったらいい(笑)。時が経てば、本の価値が変わるのは当然ですから」
以前は二束三文だったが、近年、価値が上がったものに、1970年代の「プレイボーイ」など、当時の女優のヌードが載ったグラビア誌がある。あるいは、のちに一般の漫画を描いて人気が出る漫画家の出自が、実はエロ漫画で、作品が載っている雑誌も高値がつくと著者は言う。それら以外の雑誌の引き取り価格は10円、というケースが多いとも。
「断捨離後、7~8割、仕事がしやすくなりました。自分のことを棚にあげていいますが、『自分の宝物は家族の不要物』と心得たいですね」
(本の雑誌社 2420円)
▽日下三蔵(くさか・さんぞう) 1968年神奈川県生まれ。出版芸術社勤務を経て、98年からミステリー・SF評論家、フリー編集者として活動。編集した「天城一の密室犯罪学教程」が、2005年の本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。著書「ミステリ交差点」、編著「合作探偵小説コレクション」など多数。