石田夏穂(作家)
9月×日 私はノンフィクションばかり読む傾向がある。フィクションより「読みやすい」気がするのだ。
佐々涼子著「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(集英社 682円)を読むと、こんな仕事をする人たちがいるのか……と純粋に驚かされる。「ルイジ・ルキーニ回顧録」(副題:皇妃エリザベートの暗殺者 西川秀和翻訳・解説 集英社インターナショナル 2200円)にも、同じように唸ってしまう。そしてそんな「死」にまつわる読書をしていたら、うっかり34歳になっていた。ふと34歳って何だろう? と思い調べてみると、土方歳三の享年、転職市場における「35歳限界説」まであと1年、なぜか健康診断では35歳を境に扱いが変わる……などなど、慌てて何も見なかったことにした。
少し気分を変えようと竹宮惠子著「少年の名はジルベール」(小学館 770円)を読む。とても面白かった一方、こうして人生を賭けてフィクションを生み出す人たちを見ると、やはりノンフィクションばかり読んでいる自分に後ろめたさを覚える。実のところ私がフィクションを避けてしまうのは「わからないかもしれないから」だ。ノンフィクションなら素直に文字を追っていればおよそ「わからない」ことはないが、特に難解なフィクションの場合はその限りではない。
そうして手にしたスティーヴン・ミルハウザー著「ナイフ投げ師」(柴田元幸訳 東京創元社 1320円)には、12編の短編が収められている。いずれも「読んでスッキリする」系ではなく、かなり文芸よりの内容で、私自身、全部「わかった」かと言えば、全然そうではない。が、本作中の「夜の姉妹団」には、はっとさせられた。「夜の姉妹団」は夜中に不審な動きをする少女たちを巡る物語だ。そこには「物言わぬ娘たちと、議論でもって、暴力でもって対峙したい」と願う大人たちが出てくる。思わず身につまされた。何でも安直にわかろうとする傲慢さと、「わからないこと」を何としてでも排除しようとする姿勢は恐ろしい。現金なもので、読後は無性にフィクションが読みたくなっていた。