吉川英梨(作家)
6月×日 「海蝶」シリーズ3作目(11月発売予定、講談社)の取材のため、岩手県陸前高田市にある東日本大震災津波伝承館へ。館内の大型モニターで津波の映像を見ていると、近くに座っていた地元の老人が「えへへ」と笑い出した。被災者の涙ながらのインタビュー映像には吹き出し、自らの被災経験を連れの人に話していた、笑いながら。
あの震災から14年、笑い話にできるほど昔のことでも、軽い被害でもなかったはずだ。けれど私はこの取材旅行の前に矢田海里著「潜匠」(柏書房 1980円)という本を読んでいたので、彼が笑う理由を察することはできた。
この本は、東北の民間ダイバーの苦悩と活躍を描いたノンフィクションだ。リーマンショックのさなか、昼夜問わず人が自殺する東北の某岸壁。彼は警察に依頼されて海中に転落した遺体を何体も引き上げる。誰もやりたがらないこの仕事を葛藤しながらこなす中、彼は遺体を引き上げるたびに「笑いをこらえきれない」という症状に悩まされるようになる。笑うことで無意識に心を守っていたのだ。辛すぎて笑ってしまう。伝承館の老人は、まだ震災直後の極限状態の中にいるのだろうか。
8月×日 新作「新人女警」(朝日新聞出版 1012円)を店頭展開してくれている八王子の某書店へ。この作品は八王子市を舞台にしているから、市内でよく売れているらしい。同行していた中2の息子が「これ読みたい」と1冊の本を持ってきた。木爾チレン著「二人一組になってください」(双葉社 1815円)。
誰しも大なり小なり、この言葉に心を引っかかれたことがあるはずだ。本嫌いで年間2冊くらいしか読まない息子にすら刺さった。私もタイトルでずきゅんときた。購入後、息子から横取りして1日で読んでしまった。突拍子もないぶっ飛んだ設定ながら、織り交ぜられる少女たちの心理描写の精緻さ巧みさにうなる。読者は27人いる登場人物たちの誰かしらに感情移入できるだろう。共感性抜群の1冊だった。