著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

軽さの仮面の下に隠された、都市の職業倫理 『シティーハンター』(全32巻) 北条司作

公開日: 更新日:

『シティーハンター』(全32巻) 北条司作

★あらすじ
裏社会の始末屋・冴羽獠と、その相棒である槇村香が、新宿を拠点に依頼人の危機を解決していく物語である。女好きで軽薄に見える獠は、卓越した射撃技術と冷静な判断力を併せ持つ一流のスイーパーだ。依頼は護衛や捜索から命を懸けた復讐まで多岐にわたり、その裏には必ず人間の孤独や弱さが潜んでいる。香の厳しいツッコミと獠の過去が交錯する中で、笑いと哀愁、ハードボイルドな優しさが同時に描かれる都会派アクション漫画。


『シティーハンター』を語るとき、まず外側の軽さが話題にされる。下品なギャグ、過剰な色気、派手な銃撃戦。だが、それらはすべて意図的に配置された偽装だ。この作品の芯は、驚くほど重い。都市という巨大な装置のなかで、なお人間であろうとする者の孤独と覚悟が、底流として流れている。

 冴羽獠は、軽い。少なくともそう振る舞う。依頼人の前でも、香の前でも、常に場を緩める役を引き受ける。だが彼の視線だけは、どの場面でも一貫して冷えている。あれは享楽の眼ではない。修羅場を知り、生き延びてしまった人間の目だ。都市は優しい顔をしない。少しでも隙を見せればのみ込まれる。その現実を、獠は体に刻み込んでいる。だから笑う。笑わなければ、自分が壊れると知っているからだ。

 彼のもとに集まる依頼人たちは、決して幸福な人間ではない。多くは追い詰められ、声を上げる場所を失い、最後の手段として「XYZ」を掲げる。そこに託されるのは正義ではない。祈りに近い。獠はそれを軽口で受け止めるが、引き受けた仕事からは必ず一線を越えてくる。報酬の額ではない。守ると決めた以上、必ず守る。その姿勢は道徳でも理念でもなく、職業としての矜持だ。都市の裏側で生きる者が、自分を保つために守り続けてきた最低限の掟である。

 槇村香の存在は、この物語にとって決定的だ。彼女は獠の弱さを知っている。だからこそ、ただ甘やかすこともしない。香は守られる存在ではない。獠が闇へ踏み出しすぎそうになるとき、現実へ引き戻す重しであり、錨である。2人の関係は恋愛の型に収まらない。互いの欠落を承知したうえで、背中を預け合う関係だ。その距離感が、この作品に独特の緊張を生んでいる。

 敵役もまた、単純な悪では描かれない。撃ち抜かれるのは一人の人間だが、その背後には必ず権力や利権、都市の構造がある。獠が引き金を引く行為は、正義というより私刑に近い。だが彼自身、その危うさを自覚している。だからこそ、むやみに撃たない。撃つときは、もう引き返せない線を越えたときだけだ。誰にも認められない場所で、誰にも褒められない決断を引き受ける。その孤独が、この作品の重さを形づくっている。
『シティーハンター』は、決して世界を救わない。悪は尽きず、都市の闇は薄まらない。それでも、この物語は絶望に沈まない。なぜなら、完全に諦めきらない人間を一人、描き続けているからだ。冴羽獠はヒーローではない。ただ、逃げないことを選び続けている男だ。その背中は軽やかに見えて、実際には鉛のように重い。

 読み終えたあとに残るのは、派手なカタルシスではない。都会の夜風の冷たさと、その中でかろうじて保たれている人間の温度だ。北条司は、軽さという仮面の下に誠実さを隠した。その誠実さこそが、『シティーハンター』を単なる娯楽漫画で終わらせず、長く読まれ続けられる作品に押し上げている。
(コアミックス kindle版535円~)

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