進化する生殖医療と生命倫理の相克「命を選ぶ 遺伝病の運命に抗ったある女性の物語」下山進著
「命を選ぶ 遺伝病の運命に抗ったある女性の物語」下山進著
網膜芽細胞腫という遺伝病がある。生後間もなく網膜にがんを発症、多くの場合、命を救うために眼球を摘出する。
野口麻衣子は生後4カ月で右目の摘出手術を受けた。残った左目で働きながら、結婚、出産。2人の男の子を産んだ。長男に異常はなかったが、次男は生後3週間で網膜芽細胞腫が発覚。息子に病気を遺伝させてしまったことに苦しむ。
遺伝病の連鎖を断つ唯一の方法は「着床前診断」を受け、突然変異のある胚を除去すること。体外受精で第3子の出産を望んだ麻衣子は、日本産科婦人科学会に着床前診断を申請するが、認められなかった。視力を失っても命を失うわけではない、重篤性が低いという理由からだった。民間の学者団体がなぜ、苦悩する当事者から最後の選択肢を奪うのか。麻衣子は顔と実名を出して声を上げ、家族会を立ち上げた。
本作は、一人の女性の闘いを通して、進化する生殖医療と生命倫理の相克を描いたノンフィクションの力作。
麻衣子の次男が生まれた2016年時点で、欧米諸国では網膜芽細胞腫の着床前診断はごく普通に行われていた。なぜ日本では、これほど規制が厳しいのか。疑問を持った著者は取材を始める。身障者団体、障害のある女性運動家、遺伝病患者、産婦人科医、小児科医、社会学者など、多方面の関係者に話を聞くが、賛否両論はどこまでいっても交わらない。反対派の論拠には、かつて国家が命を選別した優生保護法の暗い記憶があった。障害を不幸なものとして排除しようとする社会への、障害者からの異議も切実だった。
麻衣子も切実だった。3度にわたって検査を申請、重い扉を叩き続ける。7年かかってようやく扉が開きかけたとき、麻衣子は遺伝病由来のがんを経て、子どもは望めなくなっていた。けれども、彼女の勇気ある行動が重篤性の基準緩和につながったことは間違いない。
どんどん進歩する医療技術は、倫理的に活用されなければ魔の技術になってしまう。本作は、そういう時代を生きる私たちに「生命倫理とは何か」をあらためて問いかけてくる。 (祥伝社 1980円)



















