【ラプソディ・ラプソディ】勝手に入籍された男と女 謎解きの追いかけ劇
監督のこだわりによって普遍的で上品な作品に
この「ラプソディ・ラプソディ」では、幹夫にとって住民票の「繁子」はどこの誰か見当がつかない存在だ。それが偶然耳にした「夏野さん」という言葉が手がかりとなり、幹夫が走って追いかける。この場面が暗示しているように、本作は男と女の追っかけっこの物語。“謎の女”の正体を解明するため、観客は序盤から物語に引きずり込まれてしまうのだ。
繁子も幹夫もつらい過去を背負っている。勝手に入籍された幹夫が繁子を責めないのは彼女が美人という理由だけでなく、彼自身の精神的な事情も絡んでいるからだ。それゆえ幹夫は「無私」と言えるほど繁子の身勝手を受け入れる。だがその忍耐が決壊したとき、物語は大きく展開し、さらなる追っかけっこを生むことに。
監督と脚本を務めた利重剛はこう語っている。
「僕は、映画館を出た後もまだ映画が続いているように感じる映画が大好きです。街を眺めながら、あの主人公たちはその後どうしてるかなと想像してもらえるような作品を目指して作りました」
犯人捜しというと、この数十年はまずはネット検索というパターンが主流だが、本作はそうした場面を排除し、あくまでもアナログに展開していく。さながら昔の探偵映画。利重監督のこだわりによって普遍的で上品な作品に仕上がった。(配給=ビターズ・エンド)
(文=森田健司)



















