椎名誠氏「日本のおかしさに怒る人が不眠の先駆者になる」
ストレス社会で眠れない人が増えている。とはいえ、この人もそうだったとは驚いた。世界中を旅して、キャンプを楽しみ、酒を飲む。人生を謳歌している豪快作家のイメージがあったからだ。そんな椎名さんが書いた「ぼくは眠れない」(新潮新書)を読むと、ストレス社会に悩むサラリーマンの「生きるヒント」が見えてくる。
――35年間、不眠症なんて驚きました。それを告白し、本を書くキッカケは何だったんですか?
長く付き合いのある編集者がある時、急に「本にしませんか?」って。それで新潮社の「波」という雑誌に連載を書くことにしたんです。
――編集者の方は椎名さんが眠れないことを知っていたんですね。
一緒にあちこち行くじゃないですか。取材旅行ですから、みんなとスケジュールを合わせなければいけない。僕が寝不足だったり、睡眠薬を飲んで寝すぎたり、とか知っているんですね。
――でも、不眠症をテーマにするのはなかなか勇気もいるし、難しいですよね。
35年不眠症といっても、ずっと眠れないわけじゃなくて、大波小波、急流、激流、あるいはたまり水みたいなこともあって、いろいろなんです。それで、こういうのって何だろうなあって、さまざまな本を読んだんですが、学者の文章ってのはわかりにくいね。特に脳の分野ね。世の中、不況になってストレス社会になって、違う角度からアプローチする不眠症の本も出てきました。翻訳本もありますね。でも、面白くないんですよ。何でだろうと考えて、気づいたんです。書いている人は不眠症でも何でもないんだと。足が痛くない人がこういう痛みがありますって書いてもリアリティーがないのでカッカする。僕は当事者ですからね。だったら、アカデミカルな論旨じゃなくていいから自分で書いてみようと。もしかしたら自分の不眠解消になるかもしれない。少なくとも、人間はなぜ不眠症になるのか。そういう明確な視点で文献を読んでみよう。そうすれば、糸口が見えるかもしれない。ささやかな期待を持って書いたんですね。
――もちろん、これといったすごい処方箋や解決方法があるわけじゃない。今なお悶々とされている。そういうこともすべて、本には正直に書かれていますね。
すごく素直に書きましたよ。わからないものはわからないと。書き終わって不眠症が治ったわけじゃないけど、なぜ眠れないのかということが僕なりに朦朧ではあるけれどもわかってきましたね。完治を求めていませんし、多分、完治しない。だから、僕は焦らなくなりました。別に不眠を楽しんでいるわけじゃないけど、付き合っていますよ。ただし、僕の不眠は軽度の甘ったれ不眠でね。人間の体質、性格、環境、条件にもよりますが、いい不眠と悪い不眠があります。悪い不眠は放っておくと鬱につながる。僕が思うに、人間の根源的な問いですね。何を考え、何に向かって生きていくのか。そういうことを明確に確立していれば鬱にならない。鬱につながらない不眠であれば、神経痛と付き合うような感覚でやっていけばいいと思いますけどね。
▽しいな・まこと 1944年6月生まれ。作家、エッセイスト。「わしらは怪しい探険隊」「アド・バード」など著書多数。近著で自身の不眠症格闘記である「ぼくは眠れない」が大きな話題に。