著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「綿の国星」(全4巻)大島弓子作

公開日: 更新日:

「綿の国星」(全4巻)大島弓子作

 人間の姿をして人間の服を着ているのに耳だけが猫。スカートの裾からは尻尾がのぞき、猫耳美少女のはしりだと言われている。

 しかしこの作品の中心線はそんな分かりやすい批評で捉えてはならない。とにかく分かりづらい。題名にある《綿》に暗喩され表現されるように、ふわふわしすぎている。だからこそかつても今も「名作だ」「傑作だ」と言われ続けながら、メインカルチャーでもサブカルチャーでもカウンターカルチャーにすら一度も立てていない。

 主人公のチビ猫が拾われたのは雨のそぼ降る路地裏だった。飼い主となる18歳の須和野時夫の不器用で素朴な手のひらに包まれる。そして人間の姿で、初っぱなからこう吐露する。

「私は自分を人間だと思っているので、この姿で登場します」

 なんと寂しい言葉だろう。そして残酷な言葉だろう。すでにしてここで作者と読者は彼女(チビ猫)は人間になれないとわかってしまう。

 あからさまに残酷なのはそれだけではない。

 チビ猫は人間たちの言葉を普通に理解して聞いているのに人間たちは誰も、チビ猫の言葉を理解してくれないのだ。聞こえていない。聞こうともしてくれない。そう。この現実世界と同じだ。私たちがいくら他人の言葉を一生懸命聞いても、誰も私たちの言葉を理解してくれない。

 しかし寂しさをうたい、人の世の残酷を描きながら、どこかこの作品世界には柔らかい光が見える。小さな小さな光だけれど、柔らかく消え入りそうな光だけれど、見ているだけで心潤うような光が見える。それこそが愛の光である。

 チビ猫を拾ってきた須和野時夫青年は、そのとき大学受験に失敗して心を病み、苦しんでいた。それを救ってくれたのが、人間になりたいと願う無垢な“少女”チビ猫だった。彼女はやがて時夫青年の母も救い、家族全体を救い、ほかのまわりの人間たちも救っていく。読者は柔らかな光に包まれて本を閉じる。

 最後まで読めばわかる。冒頭に書いたように猫耳美少女のはしりという文脈程度で話してはならない作品であることが。あるいは猫の物語などと狭めて語っていいはずがない。これは普遍の愛をうたっているが、一方で子どもから大人になるときに捨てなければならない何かを語った作品である。

(白泉社文庫 607円~)

【連載】名作マンガ 白熱講義

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • BOOKSのアクセスランキング

  1. 1

    日本の課題がわかる「リチウム戦争」アーネスト・シェイダー著/ニューズピックス(選者:佐藤優)

  2. 2

    無謀な戦争の末路(1)イギリスに「東のスターリングラード」と呼ばれた激戦

  3. 3

    皿書店(豪徳寺)「開高健も書いているし、食の本の店にしよう。そんな感じで」1年前にオープン

  4. 4

    「埋もれてきたもうひとつの抑留の真実と、日本政府の冷淡を知ってもらいたい」──「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」井手裕彦氏

  5. 5

    天皇と戦争の世紀(1)岸信介外相の入閣に異を唱えた昭和天皇

  1. 6

    古書 音羽館(西荻窪)「本屋は街の縮図。誰が入ってきても何か引っ掛かる本がある店を」

  2. 7

    「いのち、見つめて」夏川草介、渡辺淳一ほか著|看取りの真意を問いかける傑作医療小説集

  3. 8

    天皇と戦争の世紀(3)無条件降伏の後、日本側が天皇制をどう死守したのか

  4. 9

    まだまだ暑い!酷暑を意識から追い出すミステリー本特集(2)「能面検事の挫折」中山七里著

  5. 10

    よみがえった写真が伝える戦前戦時下の“時代の空気”「AIとカラーでよみがえる戦争の昭和史」別冊宝島編集部編

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    朝ドラ「風、薫る」“シマケン”はブーイングも…Aぇ! Group佐野晶哉には「オファー増」の追い風

  2. 2

    北島三郎(3)「北島ファミリー」の長女・原田悠里が語る御大

  3. 3

    “世界ランク1位”の座を捨てて甲子園へ 享栄・上江滝拓未「将来はプロかバスの運転手」

  4. 4

    バナナマン日村が簡単に復帰できそうにない「もう1つの理由」…レギュラー11本抱える人気者のジレンマ

  5. 5

    りくりゅうペア大逆転金メダルを呼んだ“かかあ天下” 木原龍一はリンク内外で三浦璃来を持ち上げていた

  1. 6

    りくりゅう“ジュニア”に早くも金メダル期待 一般家庭の子にはない「血」と「資金」の強み

  2. 7

    高市政権が国民資産「強奪」計画! 現預金1100兆円を狙い撃ち、放漫財政のツケを庶民のフトコロに押しつけ

  3. 8

    ビートたけし&島田洋七「ほとんどリタイア」の現在地…「おお元気か?」と連絡し酒を酌み交わす

  4. 9

    日本ハムは「レイエス流出阻止」が最優先課題 優勝争い&新庄監督の去就以上に重大なワケ

  5. 10

    警察は田岡邸を没収し、兵庫県や神戸市の持ち物にしたらどうだ