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田丸昇
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田丸昇

1950年5月5日、長野県東御市生まれ。元日本将棋連盟理事。中学生で奨励会入りし、佐瀬勇次名誉九段の門下生となる。長髪から「ライオン丸」というニックネームで知られた。16年10月に現役引退。近著に「名棋士の対局に学ぶ 詰め&必死」(創元社)がある。

中原誠と米長邦雄のデビューは藤井聡太のようにはいかず

 1963(昭和38)年の春、米長邦雄(当時19)は四段に昇段して棋士となった。65年の秋、中原誠(当時18)も四段に昇段して棋士となった。

 米長と中原は後年に大棋士となった。しかし、デビュー時は、公式戦でともに連敗してプロの厳しい洗礼を受けた。

 米長四段は63年のデビュー対局で、「千葉の猛牛」という異名があった師匠の佐瀬勇次七段(当時44)の粘り強い指し方に敗れた。奨励会時代から師匠に負けるはずがないと自分の実力に自信を持っていたので、かなりショックを受けたという。

 米長は後年に「私が公式戦で初めて勝ったのは6局目。新人棋士のデビューとして最悪でした。結果的にいい薬になったかもしれません」と述懐した。

 中原四段は、65年のデビュー対局で米長五段の自由奔放な指し方に敗れた。次の対局もベテラン棋士に敗れている。

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