コロナワクチン接種“世界最速”の裏でイスラエルが抱く悩み

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 日本でも2月17日にようやく始まった新型コロナウイルスワクチン接種。それを受けるように、ここ数日、「イスラエルは世界最速でワクチン接種」という報道を多く目にした。なぜこれほど円滑なワクチン接種ができたのか、という参考事例だというわけだ。しかし、その背景には、ワクチン接種を受けない国民、受けられない「国民」がいる。長年、パレスチナ・イスラエルを取材してきたジャーナリストから見えるものは。

■国内政治の天才ネタニヤフ

 人口約930万人のイスラエルではパンデミック以降、72万7485人が感染し、5403人が亡くなった(2月15日現在)。ワクチン接種が始まったのが昨年12月19日。 2月15日の時点では全国民の40%を超える人たちが1回目の接種を受け、25%超が2回目の接種を終えている。総人口の違いはあるが、同時点で国民の約22%に当たる1500万人への接種を終えたイギリスと比べてもきわめて速い。

 これほど迅速なワクチン接種が進んだ背景には、ファイザー製薬(本社米国)に対してワクチン接種に関するデータ提供を行なうことで十分なワクチン供給が行われたからだと言われている。人口が比較的少なく、男女ともに兵役の経験があり、「自らが所属する共同社会のルールには従う」という習慣が強いユダヤ人の特性も、順調なワクチン接種とデータ提供に向いていたのだと考えられる。

昨年、自身の汚職問題で刑事裁判にかけられたネタニヤフ首相が、早急なワクチン接種による感染率低下を成果としてアピールし、3月に控えた総選挙に向けての巻き返しを狙う思惑もあったのだろう。エルサレムに住む旧知のユダヤ人は、「ネタニヤフは国内政治の天才。だからワクチンを選挙向けに使うことぐらいやりかねない」と皮肉った。

■ワクチン接種を拒むユダヤ教「超正統派」

 一方で、悩ましい問題も抱えている。人口の約12%を占めるユダヤ教「超正統派」たちの存在だ。世俗世界とは距離を置く彼らは戒律を重視し、自分たちの伝統と生活様式を厳守。マスクをせず、集団礼拝で密を避けず、先端技術も受け付けない。そのためワクチン接種を拒む人も多い。

 またイスラエルの有力紙「ハーレツ」によると、ユダヤ教のラビ(聖職者)が、「ワクチンが生殖能力を損ない、致命的となる可能性がある」とYouTubeで映像を配信、イスラエル保健省は「誤った主張で危険」と火消しに躍起となっている。

 とはいえ、超正統派の人たちが、一般的なユダヤ人と接することはほとんどない。ロイター通信の統計によると、イスラエルの1日の感染者数は1月19日の1万478人をピークに減少に転じ、2月16日現在では4464人。ロックダウンやワクチン接種により、感染を抑える効果が徐々に見えてきているように感じられる。

パレスチナ・ガザの深刻さ

 このように、「世界最速」「効果的にワクチン接種」と称えられるイスラエルだが、見落としてはならない問題がある。この国が占領下に置くパレスチナの問題だ。

 人口約510万人(ヨルダン川西岸地区約305万人、ガザ地区約205万人)が暮らすパレスチナでは、新型コロナによる感染者数は延べ19万316人、死者2133人が報告されている(2月15日現在、ロイター通信統計)。

 特に領土の四方を壁やフェンス、海に囲われ、長年イスラエルによる封鎖状態に置かれているガザ地区での状況は深刻だ。産業と呼べるものはほとんどなく、慢性の電力不足のため、電気は1日に4時間ほどしか通じない。電気が止まれば水をくみ上げるポンプが動かず、水道水も止まる。頻繁な手洗いなどしようがない。医療体制は脆弱で、必要な医療機器や医薬品も思うように入ってはこない。自由に国外に出ることも制限されているため、医師や看護師が技術向上のために外国で研修を受けることもできずにいる。

 また、ガザ地区は「世界最悪の人口密度」の地域のひとつと言われている。香川県高松市ほどの大きさだが、居住可能な地域は限られ住宅は密集し、しかも大家族で暮らす。そんな状況下でのコロナ感染拡大は恐怖でしかない。

 ガザ地区における16日時点での累計感染者数は5万3718人(corona.psによる)。死者は538人と、パレスチナ全体の約4分の1を占める。

■失業率50%、マスクを買えない

 ガザ市に暮らすサミール・スベータ(46歳)は「マスクを着けているのは10人か20人に1人ぐらい」と話す。

「何度か子どもが学校でもらってきたり、援助機関から回ってくることもあったけど、ほんの数回。そもそも、マスクなんて買う余裕はないよ」

 国連機関によると、イスラエルによる封鎖で産業が破綻したガザでは、昨年の失業率は約50%といわれている。しかし実際には、職に就いている人も毎日働けるわけではなく、ない仕事を無理やり分け合っているのが実情だ。サミール自身も仕事はほとんどなく、国連やハマス(パレスチナの政治組織)からの援助で一家を養っているのが現状だ。

 11人家族の彼は、「子どもにやる小遣いすら、誰かからの援助だ」と自嘲する。

ジュネーブ条約での責任はどうなった

 ジュネーブ条約では、占領国は占領地域に対し、医療や公衆衛生の義務を負わなければならないとされている。イスラエルにはパレスチナの人たちに対し、コロナ感染予防を行なう責任があるはずだ。しかし、イスラエルがパレスチナ自治政府に提供したワクチンは、医療従事者向けのわずか2000回分。さらに追加で提供というが、これも3000回分にすぎない。

 ほかにパレスチナ政府が手に入れたワクチンは、ロシアが提供した1万回分。さらにWHO(世界保健機関)主導で世界各国にワクチンを提供する枠組み「COVAX (コバックス)」から3万7000回分が提供されることにはなっているが、約510万人という人口にとってはスズメの涙にしかならない。

 「最後に(イスラエル軍による)大きな軍事侵攻があったのが2014年。あれからは軍隊さえろくにやってこない。イスラエルはおれたちを占領していることさえ忘れてるのさ」

 彼は、電話口でそう言って皮肉る。だから、「おれたちがコロナに罹ろうが、イスラエル人の暮らしには何も影響がないんだよ」。

「世界最速」で国民への接種が進むと伝えられるイスラエル。その「国民」の中には約510万人の占領下の人々は含まれていない。

(文・写真=藤原亮司/ジャーナリスト)

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