芥川賞作家・上田岳弘氏 加速する“仮想化社会”を見つめる

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 小説家でありながらIT企業の役員を務める上田岳弘氏。仮想通貨を題材に、合理化が極まった世界での人類の顛末を描いた「ニムロッド」(講談社文庫)は第160回芥川龍之介賞を受賞した。今まさに、彼が表現してきたSF純文学の世界観とコロナ禍がリンクしているように思えてならない。

 ◇  ◇  ◇

 仮想通貨を採掘するサトシ・ナカモトを巡る物語は、会社の社長・同僚・恋人と必要最低限の人間関係で展開する。通勤時にはマスクをつけた人々の姿も……。 
 
「『ニムロッド』を執筆したのはコロナ前ですが、世の中の“人との距離”の取り方が変わりつつあるということを書いたので、いまの状況とつながる部分があるのかもしれません」 
 
 コロナ禍で“人との距離”は急激に変化し、従来のコミュニケーションを取る方法だけではほぼ通用しなくなっている。誰も想像しなかった速度で情報化する新時代をどう見つめている?

「『IT技術×極力感染を避けたい人権意識の高まり』によって、昨今の状況があると思います。コンピューターによっていろんなことが自宅でできる状況は、仮想化と呼ばれていますが、テレワークで社会そのものを仮想化して生きていけば、予期せぬ感染はある程度、防ぐことはできてしまう。僕は小説で<仮想化していく社会の中では生の実感を得られないのではないか>という懸念を表現してきたけれど、皆にもその実感が広がったんじゃないかなと思います」

 近年、その必要性や価値に注目が集まるリモート化。普及には何年もかかると言われていたが、コロナによっていや応なくそのスピードは速まった。

「技術要素としては出揃っていたのに、慣性の法則にのっとって習慣を変えられないのが日本の宿痾。例えば、商流ひとつ変えるにしても義理立てしないとダメだし、とにかく物事を変えるのが難しい国なので、コロナ禍で一気に時間の進みが早くなったと感じています」

オリンピック方式からの転換

 新しい日常では、メンタリティーにも変化があったという。

「無理をする方向性が変わったと思います。以前は、何をするにもオリンピック方式で<早い者勝ち・強いもの勝ち>といった競争方式が世界の基本的なルールでした。それにのっとったモチベーションは<頑張るのは当たり前>でしたが、今は<無理をしない>と自制するようになりつつある。全体を長い目で見て、どうすれば持続可能なのかを考えるようになりました」

 実際、新作を発表するペースを急がなくなった。 
 
「僕の中で、純文学はワクチンのようなイメージなんです。普段は考えていない暗部や目をつぶっていた課題を突きつけて、いざと言うときの判断材料にする。つまり、考えをアップデートするための“予防接種”の要素が強いんです。特に僕の作品はそう。なので今は僕にとっては書きためるべき時期で、出版しても微妙じゃないかな?(笑)」 

 プライベートでは不要不急の外出自粛が求められ、会う必然性のない人とは会いづらい状況が続いている。

「これまでは実際に会わないと相手に伝えられない、伝わらないという考え方が当たり前で、丁寧かつ真摯な姿勢だと好まれてもいました。ですが、コロナ禍によって逆転の現象が生じ、会う、会わないを厳密にジャッジするようになったことで、昔の一期一会の価値観に近づきつつある。人間関係の判断軸に惰性がなくなりました。コロナが終息し、自由な生活に戻ったとしても、社会の中での人間の振る舞いはコロナ以前とは一変しているはずです」

 先の見えない今、確実に時代の潮目が変わっているようだ。

(取材・文=白井杏奈/日刊ゲンダイ)

▽上田岳弘(うえだ・たかひろ) 1979年、兵庫県生まれ。早大法学部卒業後、法人向けソリューションメーカーの立ち上げに携わり、現在も同企業で勤務する。2013年、「太陽」で新潮新人賞を受賞し小説家デビュー。15年、「私の恋人」で三島由紀夫賞受賞。16年、「GRANTA」誌の「Best of Young Japanese Novelists」に選出。18年に「塔と重力」で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。19年には「ニムロッド」で芥川賞を受賞した。

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