福島県相馬市長 「迅速なワクチン接種『相馬モデル』には震災で培った経験が生きています」

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立谷秀清(福島県相馬市長、全国市長会会長)

 先月半ばに高齢者はおろか、16歳以上の希望者の接種がほぼ完了。あとは今月17、18日の中学生の2回目を待つのみ。新型コロナウイルスワクチン接種加速の好例として名高い「相馬モデル」。地区単位で接種日時を指定し、集団接種を行う独自制度の導入を決断したのは、この人だ。内科医であり、全国市長会会長でもある相馬市長の目に政府のワクチン迷走はどう映るのか。思いの丈を語ってもらった。

■9割以上の高齢者は予定日時通り会場に

 ――当初、政府が打ち出した事前予約制は混乱を招き、大不評でした。その選択肢は最初からなかったのですか。

 政府方針の前に大体の接種シナリオを決めていましたからね。まず地元医師会のご意見を聞きました。懸念はクリニックの使用リスク。ワクチンの扱いや副反応に100%対応できるかどうかを心配されていました。

 ――感染発生の場合、閉鎖の恐れもあります。

 風評被害とか、いろいろね。私も病院を経営しているので気持ちは分かります。そこで医師会は、しっかり副反応対策を取った会場なら、自分たちが直接ワクチンを打たせてもらいます、と。全会員が当番制で午後を休診にし、看護師と事務員とセットで13時から18時まで回転を良くするために土日も来ます、とのご提案をいただき、方針を決めたのが昨年12月です。

 ――早かったですね。相馬市は昨年4月に発熱外来診療室を設置、開業医が当番制で担当医を務めました。この先行事例も生きましたか。

 そうですね。地域医療との意思疎通と連携は極めて大事。福祉保健行政は地元の医師会抜きでは成り立ちませんから。

 ――集団接種で最も気をつけたことは?

 当初から希望者全員への接種を考えていました。裏を返せば希望しない方に無理強いをさせないため、全市民に往復ハガキを送って一人一人、ご希望をうかがいました。すると8割以上の方から返信があり、返信のない方も高齢者に限って訪問調査し、約9割の意思を確認できました。客足が遠のいていた旅館組合も、会場への移動が困難な方向けの無料送迎用にバスを提供してくださった。接種の順番も10地区76行政区の全区長が集まり、代表者10人によるくじ引きの大抽選会でした。多くのご協力をいただき、日時を指定していったのです。

 ――皆、協力的です。

 それでも最初は不安でした。やはり、希望者が都合の良い時間に予約を取るのが原則でしょう。予約がバラバラだと地域ごとにバスを手配できないなどの問題があったとはいえ、それは行政の都合に過ぎませんから。

 ――その不安も杞憂に終わりましたね。

 高齢者は9割以上が指定した日時通り会場に来てくださいました。

 ――副反応への不安に対する取り組みも大変だったのでは?

 市職員を対象に発熱や倦怠感など接種後に表れた症状の聞き取り調査の結果をはじめ、さまざまな情報を開示しています。会場も万が一に備え、経過観察室に副反応に対応できるよう医師1人を配置し、救急車とその運転手も待機させた。行政が市民の不安に責任を持つ。それが集団接種を選んだ理由でもあります。個別のクリニックではここまでの態勢は取れない。ただ、相馬市の人口は約3.4万人。中核都市以上で同じことをやるのは大変でしょう。

 ――中学生の接種では「同調圧力」に相当、気を配ったそうですね。

 同級生同士、誰が打ったか分からないように心がけました。学校を介さず各家庭にご希望うかがいを送付。集団接種を希望した生徒の名前を学校別、学年別ではなく、五十音順に並べ、2日かけて来てもらう。すると市内に4つある中学校の同じクラスの生徒が、同じ会場にいる確率はグンと下がります。打ち手も学校医か小児科医。安心できる環境に努めました。

市民にも震災での「助け合い」の教訓が大きい

 ――来年度以降の接種に備え、検証作業も進めているとも聞きました。

 5月に「相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター」を設置し、センター長に英キングス・カレッジ・ロンドンの教授だった渋谷健司先生をお迎えしました。直接「フィールドワークがしたい」と連絡があり、あれだけ新型コロナの情報発信をなさった世界的学者ですから。「ぜひ相馬に」とお呼びしたのです。センターでの議論は常に侃々諤々。始まったら止まりません。現時点で特に不明なのは、抗体の有効期間。ファイザー社製とモデルナ社製で、どう変わるのか。人種の違いはあれど、じきにイギリスやイスラエルなどで先進事例の報告がある。抗体が弱まり、再び接種が必要となるのは恐らく来春以降でしょう。その時に今回の知見をどう生かすのか。詳細な記録と検証が重要になります。

 ――経験を生かす観点だと、5月の会見で接種が順調な要因に「震災で培った職員の対応能力」を挙げていました。

 困った人をどう救うか。東日本大震災では、その行政の最大使命が試されました。精神的にも体力的にも。職員たちは生活、医療などの脱落者をなくそうと、寝ずに向き合った。当時の総務部長が「こんな時だから、われわれは残業手当を一切、請求しません。思う存分、使ってください」と言ってくれたのを今も思い出します。不幸が覆う今、あの経験は年中無休の接種などに生きている。市民が非常に協力的なのも、震災で培った「助け合い」の教訓が大きいのだと思います。

 ――政府のワクチン行政が迷走しています。全国市長会会長として、どう見ていますか。

 医療崩壊を防ぐため重症化率の高い高齢者を先行接種する方針は間違っていない。ただ、「1日100万回」は政府の立場から全体を俯瞰した目標に過ぎません。地方の現場にすれば地域住民に滞りなく接種できる体制整備が最優先。1日何万回はどうでもいいわけです。しかも「職域接種」も割って入り、地域住民の接種履歴は伝わってこない。住民の接種実績が分からないまま、実務を進めざるを得ない。さらに大きな問題は1回目からピッタリ3週間後に2回目を接種しなければ、と大抵の首長がすり込まれていることです。

■「政府の対応は現場を理解していない」

 ――住民の多くもそう思い込んでいるのではないですか?

 自治体向けのファイザー社製は6週間後までを目安に打てばいいと厚労省も容認しています。英国では最大12週間後です。それを医療従事者でもある首長でさえ、ご存じない。だから、ピッタリ3週間後に2回目を打つ量を確保しないと、予約を止める。それが役所の性分。確証のないことは絶対にできません。その上、住民全員分の量を確保しなければと考えることも理解できますが、高齢者の希望者はウチでも約9割で、100%はあり得ない。余ったら若い世代に回せばいいのに、役所は全員が打ちに来るのを想定して準備する。足りなくなって叩かれるのを恐れ、どの首長も慎重になる。政府は「在庫問題」と言いましたが、現場の立場を理解していません。そもそも「早く打て」とせかしながら、「早くなり過ぎて、ありません」なんて、現場はたまらんですよ。

 ――菅首相は「10月から11月の早期に希望者全員の接種完了を目指す」と明言しています。

 この「希望者」が揺らぐのです。中学生の接種でハッキリ拒否は約1割。また約1割は態度保留で様子見です。いったん閉じた集団接種会場を中学生のために開けると、16歳以上で保留だった100人程度が打ちに来ました。「希望者」と曖昧にせず、「いつまでに希望した方の何%」と打ち出してくれた方が現場は楽です。

 ――なるほど。

 また、新型コロナは世代ごとに致死率が異なり、ワクチンの希望率も変わる。40~50代の接種はスピード、より若い層は意識の問題になると思う。大抵の国は接種完了を条件に店内飲食を認めるなど自由を保障する。日本も「接種済証」を渡していますが、活用例は少ない。「差別」や「優遇」という言葉につながると、行政側は発言しづらい。この点はマスコミの分野からアイデアをいただけると、ありがたいですね。

 ――承知しました。さて「復興」を掲げた東京五輪も終わりました。

 被災地の首長として「復興五輪」という言葉は最後までなじまなかった。今なお世界に残る誤解や偏見を払拭するなら、意義はありましたけど。オリンピックの力を借りなくても復興は進んでいるぞ、と言いたいね。 

(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)

▽立谷秀清(たちや・ひできよ)1951年、福島県相馬市生まれ。仙台一高卒業後、福島県立医科大に進学し、医師免許取得。東北大医学部付属病院、公立相馬病院などの勤務を経て83年に立谷内科医院を開業。86年に医療法人化、理事長となり、地域医療の発展に尽くす。95年から福島県議を1期務め、2001年の相馬市長選に初当選。以降、5期連続当選。18年に全国市長会会長に選出、20年に再任された。

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