「勝共」掲げた文鮮明の訪朝 旧統一教会と北朝鮮の双方の思惑は…
旧統一教会は、関連団体に政治組織の「国際勝共連合」を創設し、共産主義勢力への対抗心を前面に出すなど「反共」のイメージが強い。だが、1991年12月に教祖の文鮮明氏が平壌で金日成主席と会談するなど、北朝鮮と親密な関係を築いてきた。
外部からは「敵対関係」と映る旧統一教会と北朝鮮は、なぜ接近したのだろうか。
文氏が北朝鮮を訪問したのは、冷戦が終結してソ連や東欧の社会主義国が崩壊してから間もない時期だ。共産主義の敗北と退潮が明らかになる中、経済をどう立て直していくか頭を抱えていた北朝鮮が目をつけたのが旧統一教会だった。
北朝鮮が「苦難の行軍」と呼ばれる経済危機に直面していた1998年、旧統一教会は北朝鮮との合弁で「平和自動車」を設立し、自動車工場も建設した。「平和自動車」は文氏が死去した2012年、経営権を北朝鮮に譲渡しているが、朝鮮労働党幹部の専用車に「平和自動車」が用いられるなど、北朝鮮内での存在感は大きかった。
旧統一教会は平壌市にある普通江ホテルやレストラン「安山館」の経営権を手にするなど、北朝鮮経済へ浸透していく。こうした蜜月ぶりと深く関係しているのが、文氏の故郷が北朝鮮の平安北道定州という事実だ。