著者のコラム一覧
田中幾太郎ジャーナリスト

1958年、東京都生まれ。「週刊現代」記者を経てフリー。医療問題企業経営などにつ いて月刊誌や日刊ゲンダイに執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベスト新書)、 「慶應三田会の人脈と実力」(宝島新書)「三菱財閥 最強の秘密」(同)など。 日刊ゲンダイDIGITALで連載「名門校のトリビア」を書籍化した「名門校の真実」が好評発売中。

悠仁さまの“難関名門高”路線は「お茶の水女子大付属幼稚園」を選んだ時から始まった

公開日: 更新日:

「悠仁さまが偏差値の高い学校を目指すようになった分岐点は幼稚園までさかのぼる」と話すのは宮内庁OB。3年保育を望む秋篠宮家は2年保育しかない学習院を避け、お茶の水女子大付属幼稚園を選んだ。「超難関の幼稚園に入園して紀子さまは息子が東大に入るのも夢ではないと意識しだした」と振り返る。ただし、3年保育に固執したこと自体は非難されるものではないと強調する。

 戦災のために焼失した学習院幼稚園が復活したのは1963年。翌年、浩宮さま(徳仁天皇)が入園し、6年後、秋篠宮さまも続いたが、大都市圏では次第に3年保育が主流になっていく。皇室も例外ではなかった。

 浩宮さま以降の世代で最初に3年保育の幼稚園に通いだしたのは三笠宮寬仁さまの長女・彬子さま。セレブの子弟が集まり、慶応幼稚舎へのお受験でも高い実績を上げていた松濤幼稚園(東京・渋谷区)に入園。1年後に学習院幼稚園に転園した。妹の瑤子さまも同じコースをたどった。高円宮の3人(承子さま、典子さん、絢子さん)はいずれも3年間松濤幼稚園に通い、小学校から学習院に進んだ。

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