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西潟正人東京海洋大 非常勤講師

魚の伝道師。1953年、新潟生まれ。魚好きが高じて全国の海岸線を巡り、神奈川県逗子市で地魚料理店を20年間営む。2017年から東京海洋大で魚食文化論の非常勤講師を務める。

ツチクジラの解体に感動!「外房捕鯨直営くじら家」がある千葉県和田町は400年の歴史を引き継ぐ捕鯨基地

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肉はもちろん、骨もヒゲも脂も利用する

 魚に似た巨大な動物が、暗闇の海からロープに引かれて姿を現すと、「おー」「デカい」などと一斉に歓声が上がった。水産庁から出向している検査官が、体長を測り身肉のサンプルをそぎ取る。やがて作業員が大きな長刀のような包丁で皮を切っていく。動力のワイヤが、その皮をメリメリと引っ張り剥がすのだ。

 黒い表皮の下に、厚さ20センチもあろうかという白い脂身が厚く張りついていた。この鯨油欲しさに、アメリカは日本に開国を迫ったのだ。

 日本の鯨食文化は脂だけでなく肉はもちろん、骨まで砕いて肥料にするほどムダがない。弾力のあるヒゲクジラのヒゲさえも釣り竿の先や、人形浄瑠璃にも欠かせない材料だった。クジラは勇魚と呼び、一頭で村が栄えるほど貴重な獲物だったわけである。

 大きな赤身を切り取って、太い背骨が現れると骨に残った身も丁寧に剥ぎ取られる。首骨が切り離されると、頭がごろりと顔を向けた。子供たちだけじゃない、付き添いの大人も目を丸くした。

 ツチクジラのツチは、土地を叩いて固める道具の槌であり、とがった口先が手に持つ柄にあたる。そこからかわいい歯がのぞいているのだ。

 魚はまな板の上で「おろす」というが、クジラには「解体」がふさわしい。大きな1頭は部位ごとに処理加工され、商品になっていった。

 ツチクジラを含むハクジラ類は解体が始まると、大量の血液が流れ出る。これも衝撃的な光景だが、どんな魚も動物も包丁を入れたら血を流す。クジラが生きていたことの現実を見たら、命をいただいていることを実感するに違いない。

 一息つきに解体場の外へ出ると、壁に張り紙があって、「本日の鯨肉の販売時間は6時45分ごろより」と記されていた。鯨食に親しんできた土地の人たちは解体したての生肉を待ちわびていた。外房捕鯨直営のくじら家ではツチクジラの生肉は1キロ3500円~。ベーコンなど生肉以外も一年中いつでも買える。

 漁港へ行くと、外房捕鯨が所有する小型捕鯨船「純友丸」が船首の捕鯨砲を布で隠すように覆って停泊していた。

 クジラ類は、脂質でも大きな違いがある。ヒゲクジラ類の脂は主にグリセロールだから、食用にして問題ない。ハクジラ類は人体が消化できないワックスエステルを多く含む。当然、ハクジラ類のツチクジラも要注意で、工業用にも使われる脂身は少量を味見程度に食べるのが無難だ。うまいからといって、食べ過ぎはよくないだろう。くれぐれも自己責任でほどほどに。

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