樋口メリヤス工業 中江優子社長<3>職人がいないなら自分で
バツグンのフィット感で定評のある、かかとのない靴下「つつした」。
高級糸や伸縮糸でこれと同じ織り方をしたマスクの売れ行きが好調なことで、コロナ危機を脱した同社だが、ここに至るまでの道のりは平坦ではなかった。
16年前に先代の父親が倒れた時、億を超える借金が発覚したのだ。
この時、家族のことを考えて自宅と工場、機械類を売却して廃業を勧めた前夫と、家業を継ぐことを主張する中江さんはケンカが絶えなかった。「廃業してしまえば借金はチャラになります。それを夫は主張しました。しかし、ここまで樋口メリヤスを守ってきた父親の意志を無駄にすることはできません。私は商売人の子ですから借金は当たり前。結局、溝は埋まらず、夫は家を出ていきそのまま離婚しました。会社を継続するため、自宅と工場を売り、思い入れのある機械も鉄くず業者がハイエナのようにさらっていきました」
ほとんど裸で放り出されたが、借金はまだまだ返し切れない。
「でも、私には機械を動かして再び靴下を作るという夢がありました。それを胸にノートパソコン一台を持って枚方市が運営するインキュベーション(自治体による創業支援)に身を寄せます。そこで地場産業の補助金を受けるため、モノづくりにこだわった企画書を作成し、それが見事トップ当選を果たしたのです」 その資金を元手に自宅に工房を併設。中古の機械を買い入れたが、靴下を織れる職人がいない。 そこで同業他社の技術者だった定年退職者に「夢」を語ったところ、それは自身の夢でもあったと意気投合。ようやくオーダーメードの靴下の製造を始めることが出来たのだという。新たに若い技術者も雇い入れたが、長くは続かない。